なぜ税務調査では飲食店の「自家消費」を狙うのか?

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
「税務調査」と聞くと、多くの中小企業経営者の皆様は、漠然とした不安や緊張感を覚えるのではないでしょうか。
特に飲食店経営者の皆様にとっては、日々の現金商売の中で、売上の計上漏れなどを指摘されるのではないかと気がかりなことも多いかもしれません。
しかし、最近の税務調査の傾向として、調査官が特に注目しているポイントがあります。それが「自家消費」です。
本記事では、なぜ飲食店の税務調査で「自家消費」が重要視されるのか、そして経営者としてどのように対策を講じれば良いのかを、具体的かつ実践的に解説します。
この記事を読み終える頃には、税務調査に対する漠然とした不安が軽減され、具体的な対策を立てるための一歩を踏み出せるはずです。
なぜ税務調査で「自家消費」が重要視されるのか?~調査官の視点~
飲食店の売上は、そのほとんどが現金によるものです。
これは、税務調査において「期ズレ」、つまり売上が計上されるべき時期が翌期にズレてしまうといった問題が発生しにくいという特徴があります。
このため、調査官が最も指摘したい項目の一つは「売上の計上漏れ」です。
しかし、現実的に現金商売における売上計上漏れを正確に把握するには、大変な労力と時間が必要です。
特に、近年の税務調査は、1件あたりにかけられる日数が減少している傾向にあります。
このような状況下で、調査官が売上計上漏れを発見する確実な方法としては、
事前の予告なしに店舗を訪問し、レジ内の現金を実地調査する「無予告調査」などが考えられますが、これも容易ではありません。
そこで調査官が注目するのが「自家消費」です。
自家消費は、比較的容易に計上漏れを指摘できる項目であり、調査官にとっては効率的に成果を上げやすいポイントと言えるのです。
調査官がここを重点的に見てくるのは、ある意味当然の流れと言えるでしょう。
「自家消費」とは何か? なぜ売上計上が必要なのか?
そもそも「自家消費」とは何でしょうか?
簡単に言えば、お店の商品(食材や料理)を、経営者自身やその家族、あるいは従業員が個人的に消費することを指します。
例えば、経営者がお店の食材を使って自宅で食事をする、従業員に賄いとしてお店の料理を提供するといったケースがこれにあたります。
ここで重要なのは、これらの食材は「仕入れ」として経費計上されているという点です。
経費として計上しているものを、売上を伴わずに消費してしまうと、会計上の整合性が取れなくなってしまいます。
つまり、仕入れとして経費に計上している以上、それが商品として提供されたのであれば売上として計上されるべきであり、
個人的に消費されたのであれば、それは売上に準ずるものとして処理する必要があるのです。
「自分の店のものなのだから、自由に使って何が悪いの?」と思われるかもしれません。
もちろん、お店の商品を経営者や従業員が利用すること自体が問題なのではありません。
問題なのは、仕入れとして経費計上しているにもかかわらず、それに対応する売上が全く計上されていない状態で申告してしまうことなのです。
自家消費の正しい計上方法:いくらで計上すれば良いのか?
では、自家消費は具体的にいくらで売上計上すれば良いのでしょうか?
この点について、税法では明確な基準が示されています。
それは、「その商品を通常販売する価額(いわゆる定価)の70%相当額」です。
例えば、お店で1,000円で提供している料理を自家消費した場合、1,000円 × 70% = 700円を売上として計上しておけば、税務調査で問題視されることは基本的にありません。
この「70%ルール」は、自家消費を処理する上での基本的な知識として、ぜひ覚えておいてください。
税理士の役割と経営者が注意すべきこと:自家消費への意識の重要性
しかし、実務の現場を見ていると、飲食店の自家消費額まで正確に把握し、適切に処理するよう指導している税理士は、それほど多くないように感じます。
顧問税理士がこの点を見過ごしてしまうと、経営者自身も自家消費の計上の必要性に気づかないまま、申告漏れのリスクを抱え続けることになります。
私自身も、飲食店の税理士変更の際に「従業員の方が長時間働く場合は、お店で作った賄いを召し上がっていますか?」と質問することがあります。
すると、多くの方が「もちろんです」とお答えになりますが、そのお店の申告内容を確認すると、自家消費が売上として計上されていないケースがあります。
税理士の最も重要な役割の一つは、このような潜在的なリスクを事前に察知し、クライアントである経営者に対して自家消費の重要性をきちんと伝え、適正な金額を計上するように促すことです。
そして、経営者の皆様ご自身も、自家消費の概念を正しく理解し、日頃からその計上を意識しておくことが非常に重要です。
ご自身の店舗で、どの程度の自家消費が発生しているのかを把握し、顧問税理士に正確に伝えるように心がけましょう。
自家消費の計上漏れが招くリスク:甘く見ると大きな追徴課税も
「少しくらいの自家消費なら、見逃してもらえるのでは?」と安易に考えてしまうのは危険です。
特に、従業員数が多い飲食店や、賄いの提供が日常的に行われているような店舗では、自家消費の総額は決して無視できない金額になることがあります。
もし税務調査で自家消費の計上漏れが指摘されれば、その分だけ「増差所得」(申告漏れとなっていた所得)が発生し、それに対する追加の税金(追徴課税)が発生します。
自家消費の額が大きければ大きいほど、この追徴課税額も高額になり、場合によっては「ハンパな数字ではなくなる」ことも十分にあり得ます。
さらに、場合によっては過少申告加算税や延滞税といったペナルティも課される可能性があります。
これらは本来支払う必要のなかったコストであり、経営にとっては大きな痛手となります。
まとめ:自家消費の適正な計上で、税務調査に備えましょう
今回は、飲食店の税務調査において特に注意すべき「自家消費」について解説しました。
自家消費は、調査官にとって指摘しやすい項目であると同時に、経営者にとっては見落としがちなポイントでもあります。
以下の点を再確認し、日頃から適切な会計処理を心がけることが、税務調査への最良の備えとなります。
- 自家消費とは何かを理解する:お店の商品を経営者や従業員が個人的に消費すること。
- なぜ売上計上が必要かを理解する:仕入れが経費計上されているため、会計上の整合性を保つ必要がある。
- 正しい計上方法を把握する:原則として、一般販売価格の70%で計上する。
- 自家消費の状況を把握し、顧問税理士に伝える:日々の賄いや個人的な消費について記録・報告する習慣をつける。
自家消費の適正な計上は、単に税務調査対策というだけでなく、お店の正確な損益を把握し、健全な経営を行う上でも非常に重要です。
もし、ご自身の店舗の自家消費の取り扱いについて不安がある場合や、顧問税理士から十分な説明を受けていないと感じる場合は、
一度、専門的な知識を持つコンサルタントや、飲食に強い税理士に相談してみることをお勧めします。
この記事が、中小企業経営者の皆様の税務調査に対する不安を少しでも和らげ、より安心して事業に専念するための一助となれば幸いです。