【プロが解説】税務調査で認めざるを得なかった意外な必要経費3つの実例

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。

毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。

「この支出、経費で落ちるだろうか…」

確定申告の時期や、いざ税務調査の連絡が来た際に、多くの経営者が頭を悩ませるのが「必要経費」の判断基準です。

特に個人事業主やそれに準ずる中小企業の経営では、事業とプライベートの境界が曖昧になりがちで、税務署から厳しい指摘を受けるケースも少なくありません。

法人税と異なり、個人の所得税は生活費である「家事費」との切り分けが厳格に行われます。

そのため、「これはさすがに無理だろう」と諦めていた支出が、実は交渉次第で必要経費として認められる可能性があることは、あまり知られていません。

本記事では、現場で培った知見をもとに、過去の判例や裁決例の中から「一見すると家事費に見えるが、必要経費として認められた意外な事例」を3つピックアップし、その判断の分かれ目と、実務で応用できるポイントを徹底的に解説します。

これらの事例を知っておくことは、税務調査における強力な「交渉材料」となり得ます。

事例1:長男のトラブルに関する弁護士費用が事業の必要経費に?

「子どものトラブルに関する弁護士費用」と聞けば、ほとんどの方が「それは家庭内の問題、つまり家事費だろう」と考えるはずです。

税務調査官も、まず間違いなくそのように指摘してくるでしょう。

しかし、この常識を覆す判決が存在します。

なぜ必要経費として認められたのか?【東京地裁平成25年10月17日判決】

この事案は、納税者の長男が小学校の担任教師から受けた暴力行為によりPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したことに端を発します。

市が適切な対応を取らなかった結果、納税者が営む事業の売上が減少するという二次的な被害が発生しました。

そこで納税者は、この売上減少分を市に補填させるための損害賠償請求を弁護士に依頼し、その着手金を支払いました。

税務署はこの弁護士費用を必要経費として認めませんでしたが、裁判所は納税者の主張を一部認めたのです。

【判決のポイント】
本件弁護士費用は、原告が主張するとおり、D市に対し、各業務に係る売上げの減少による損害賠償を求める訴訟を提起すること及びそのための事前交渉を弁護士に委任した際の着手金である旨認めるのが相当であり…(中略)…本件弁護士費用の2分の1に相当する金額については、原告の必要経費と認めるのが相当である。
(東京地裁平成25年10月17日判決より要約)

この判決の最大のポイントは、支出の「きっかけ」「直接的な目的」を切り分けて判断した点にあります。

  • きっかけ
    長男の病気(家事に関連する事柄)
  • 直接的な目的
    売上の減少という事業上の損害を回復すること(事業に関連する事柄)

このように、たとえ支出のきっかけがプライベートな出来事であったとしても、その支出の「真の目的」が事業の収益を維持・回復させるために直接必要であったことを客観的に証明できれば、必要経費として認められる余地があるのです。

あなたのビジネスへの応用ポイント

この事例から学ぶべきは、支出の背景にあるストーリーを論理的に説明することの重要性です。

万が一、同様の事態に直面した際は、なぜその支出が事業にとって必要だったのかを証明するための証拠(売上減少を示すデータ、専門家の意見書、交渉経緯の記録など)を必ず残しておくようにしましょう。

事例2:同族会社への管理料支払いを「業務ノート」が救ったケース

個人事業主が、自身や親族が役員を務める同族会社(いわゆるプライベートカンパニー)に業務を委託し、管理料などを支払う「管理法人スキーム」は、税務調査で特に厳しくチェックされる項目の一つです。

利益操作や所得分散の温床と見なされやすく、「業務実態がない」として経費性を否認されるケースが後を絶ちません。

今回ご紹介するのは、他に網羅的な管理を委託している不動産会社が存在したにもかかわらず、同族会社への管理料の支払いが認められた、非常に興味深い裁決例です。

絶体絶命の状況を覆した「亡妻のノート」【平成25年3月4日裁決】

この事案では、不動産賃貸業を営む納税者が、自身が代表取締役を務める同族会社に物件の管理業務を委託し、管理料を支払っていました。

しかし、税務調査において「他にメインの管理会社がいるのだから、重複して委託する必要はない」「同族会社が具体的に何をしたのかを示す資料がない」と指摘され、経費性を否認されました。

普通ならここで万事休すですが、納税者は「亡き妻がつけていた業務ノート」を証拠として提出。

これが決定打となり、国税不服審判所は納税者の主張を認めました。

【裁決のポイント】
本件各ノートは…(中略)…ほぼ毎月の出来事をほぼ日付順に記載したものである。その主な記載内容は…(中略)…いずれも日付及び相手方を特定した上、個別具体的な出来事が前後矛盾なく記載されている。
…(中略)…基本的には本件同族会社の業務に係る実際の出来事をありのまま記載したものであると認められる。
(平成25年3月4日裁決より要約)

なぜ、契約書でも請求書でもない、単なる「ノート」がこれほど強力な証拠となり得たのでしょうか。

それは、その記録が具体的かつ継続的であったためです。

  • いつ(日付)
  • 誰から(業者名や入居者名)
  • どのような連絡があり(工事の報告、苦情など)
  • どう対応したか

これらの情報が時系列で、かつ矛盾なく記載されていたことで、審判所は「このノートは真実性が高く、同族会社が確かに管理業務を行っていた実態を証明している」と判断したのです。

あなたのビジネスへの応用ポイント

この裁決は、私たちに日々の地道な記録の重要性を教えてくれます。

「業務実態」という、ともすれば曖昧になりがちな論点において、契約書や請求書といった形式的な証拠(エビデンス)だけでは不十分な場合があります。

むしろ、手書きのメモや業務日報、簡単な議事録といった日常的で生々しい記録こそが、客観的な業務の実態を雄弁に物語る「最強の証拠」になり得るのです。

事例3:借入金を一時的に定期預金に。それでも支払利息が必要経費になる条件とは?

事業用の融資を受けた際、その資金を一時的にでも定期預金などの形で運用することは、原則として認められません。

資金の目的外利用とみなされ、その預金に対応する部分の支払利息は必要経費から除外されるのが一般的です。

しかし、これもまた、ある条件を満たすことで覆る可能性があります。

「合理的な計画」が証明の鍵【昭和58年3月17日裁決】

この事案は、不動産事業の拡張を計画していた納税者が、物件取得に先立って金融機関から資金を借り入れ、その一部を一時的に定期預金としていた、というものです。

当然、税務署は「定期預金に充てた分の借入金利子は必要経費ではない」と指摘しました。

しかし、国税不服審判所は以下の点から、この支払利息を必要経費として認める判断を下しました。

【裁決のポイント】
当該借入れが具体的な不動産事業の拡張計画に基づいてなされ、しかも、この資金調達が物件の取得に先行してなされたとしても、それが著しく不合理ではなく、その計画が順次実行されており、また、本件借入金を効率的に運用する一方法として定期預金を利用したにすぎないと認められる…(中略)…支払利息を事業上の必要経費に算入すべきである。
(昭和58年3月17日裁決より要約)

ここでのキーワードは「合理的な事業計画」です。
納税者は、なぜ物件取得の「前」に借り入れが必要だったのか、そしてなぜその資金を一時的に定期預金にする必要があったのかを、具体的な事業計画に基づいて合理的に説明できたのです。

また、専門書(『税務調査のための必要経費判断の手引』)によれば、金融機関からの融資条件として、借入金の一部を担保として定期預金に入れること(いわゆる「両建て預金」)を要求されるケースがあります。

このような場合も、業務上必要な借入れと認められれば、その利子は必要経費に算入できるとされています。

あなたのビジネスへの応用ポイント

この事例が示すのは、資金の動きの背景にある「なぜ?」を明確に説明できる準備をしておくことの重要性です。

特に大きな資金を動かす際には、以下の点を文書で残しておくことを強くお勧めします。

  • 綿密な事業計画書、投資計画書
  • 資金の具体的な使途とスケジュール
  • なぜそのタイミングで借り入れたのか、という理由
  • 金融機関との交渉記録や契約書

一見不合理に見える資金の動きも、その裏付けとなる合理的な計画や、やむを得ない事情を客観的に示すことができれば、税務調査においても十分に通用するのです。

まとめ:税務調査で「これは経費です」と堂々と主張するために

今回ご紹介した3つの意外な事例には、共通する重要な教訓が隠されています。

  1. 支出の「真の目的」を説明できるか?(事例1:弁護士費用)
    支出のきっかけに惑わされず、その支出が事業の収益にどう貢献するのか、その因果関係を論理的に説明することが重要です。
  2. 日々の「記録」が最強の証拠になる(事例2:管理料)
    契約書などの形式的な書類だけでなく、業務日報やメモといった、具体的で継続的な活動記録が「業務実態」を証明する上で決定的な役割を果たします。
  3. 「合理的な計画」を文書で示せるか?(事例3:借入金利子)
    特に資金繰りにおいては、その一つ一つの動きの背景にある事業計画や合理的な理由を、文書として残しておくことが最大の防御策となります。

税務調査は、単に帳簿の数字をチェックされる場ではありません。

あなたの事業の実態を、客観的な証拠に基づいて調査官に理解してもらう「プレゼンテーションの場」でもあるのです。

日頃からこれらの点を意識し、記録と計画の文書化を習慣づけることが、いざという時にあなたとあなたの会社を守る、最も確実な方法と言えるでしょう。

もし判断に迷う支出や、税務調査にご不安があれば、ぜひ我々のような専門家にご相談ください。

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