税務調査官が“たった1つの商品”から不正を見抜く『棚卸除外』の恐るべきリスク

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
年度末、多くの経営者様が頭を悩ませるのが「棚卸」ではないでしょうか。
煩雑な作業に追われる中で、「少しでも利益を圧縮して納税額を抑えたい…」という気持ちがよぎることもあるかもしれません。
そして、その誘惑から「棚卸資産を少しだけ少なく見せかける」という、いわゆる『棚卸除外』に手を染めてしまうケースが後を絶ちません。
書類上の数字を書き換えるだけ、という手軽さからか、罪の意識が薄れがちなこの行為。しかし、それは「節税」ではなく、明確な「脱税」です。
税理士として多くの現場を見てきた経験から断言できるのは、「安易なごまかしは、必ず調査官に見抜かれる」ということです。
そして、その代償は「重加算税」という非常に重いペナルティとなって返ってきます。
本記事では、なぜ棚卸除外が税務調査で狙われやすいのか、調査官はどのような視点で不正を見抜くのか、そしてその深刻なリスクについて、現場の視点から具体的に解説していきます。
そもそも「棚卸除外」とは?仕組みと危険性
まず、基本的な仕組みから確認しましょう。
企業の利益(所得)は、簡単に言うと「売上 – 売上原価 – 経費」で計算されます。
そして、この「売上原価」は以下の式で算出されます。
売上原価 = 期首棚卸資産 + 当期仕入高 – 期末棚卸資産
この式を見れば明らかなように、期末の棚卸資産の金額を意図的に減らすと、その分だけ「売上原価」が増加します。
売上原価が増えれば、結果として利益(所得)が圧縮され、法人税額が少なくなる、というロジックです。
この期末棚卸資産を操作する行為が「棚卸除外」です。具体的には、在庫の「数量」を少なく数えたり、「単価」を不当に低く評価したりする方法が用いられます。
しかし、これは単なる計算ミスではありません。在庫表を意図的に書き換えることは「帳簿類の偽造」にあたり、税務調査で指摘された場合、仮装・隠ぺい行為とみなされ、最も重いペナルティである「重加算税」(追加本税の35%または40%)の対象となります。
なぜ棚卸除外は安易に行われてしまうのか?
多くの不正行為には取引先など外部の協力が必要ですが、棚卸除外の怖いところは、取引先と通謀することなく、自社内部の操作だけで完結できてしまう点にあります。
期末に実施する棚卸しの結果を、少し書き換えるだけで利益を操作できてしまうという手軽さが、「これくらいならバレないだろう」という安易な考えを生む温床となっているのです。
しかし、税務調査官はそのような単純な手口を見逃すほど甘くはありません。
税務調査官はどう見抜くのか?調査の現場から見る「発見」のプロセス
「膨大な在庫を、調査官がすべてチェックするのは不可能だろう」と考える方もいるかもしれません。
実際、何万点にも及ぶ商品の仕入数量と販売数量を一つひとつ照合するのは、時間的に非常に困難です。
では、調査官はどうやって不正を発見するのでしょうか。ここが専門家である調査官の腕の見せ所です。
彼らは、やみくもに全量をチェックするわけではありません。
まず帳簿全体を俯瞰し、数字の大きな流れや不自然な点がないかを確認します。
そして、数字的に見て「どうもおかしい」と思われる商品を1点、2点に絞り込みます。
そして、その特定の商品についてのみ、仕入伝票、納品書、請求書、売上記録などを徹底的に洗い出し、期首から期末までの数量の動きを執拗に追跡するのです。
例えば、ある特定の商品について、
「期首在庫100個 + 当期仕入1,000個 – 当期販売800個 = 期末在庫300個」
となるはずが、棚卸表では「150個」と計上されている。このような矛盾が見つかれば、それは不正の明確な証拠となります。
調査官は、このピンポイントの調査で矛盾が見つからなければ、「この会社は全体的にも棚卸除外は行っていないだろう」と判断します。
逆に言えば、たった一つの商品の矛盾から、会社全体の不正が疑われることになるのです。
【業種別】調査の難易度と特有のチェックポイント
棚卸調査の難易度は、業種によって大きく異なります。
製造業・建設業:「仕掛品」の評価が狙われる
製造業や建設業の場合、調査は特に専門的な知識を要します。
完成した製品や仕入れた材料だけでなく、製造途中のモノ、いわゆる「仕掛品(しかかりひん)」が存在するからです。
この仕掛品の価値を正確に算出するには、原価計算など業界特有の難しい知識が必要です。
そのため、この複雑さを逆手に取り、仕掛品の評価額を不当に低く見積もることで利益を圧縮しようとするのが、これらの業種で散見される特有のケースです。
中古車・宝石販売など:比較的調査が容易なビジネス
一方で、中古車や宝石のように、仕入れた商品一つひとつの原価と売値が明確に紐づいているビジネスモデルは、調査が比較的容易です。
個別に在庫を管理しているため、帳簿と現物を照合すれば不正はすぐに発覚します。
部品メーカーなど:調査が困難なケースも
ネジのように、「ある商品の中の一つの部品」を大量に扱う場合、調査は極めて困難になります。
「このネジが2年前に製造されたものか、それとも今年製造されたものか」を物理的に立証することは不可能です。
このようなケースでは、調査官も追及しきれず、お手上げとなってしまうこともあります。
しかし、これはあくまで調査の難易度の話であり、不正が許されるわけでは決してありません。
論争になりやすい「商品評価損」の計上
意図的な不正とは別に、税務署と見解が分かれやすいのが「商品評価損」の扱いです。
シーズンを逃したアパレル商品や、旧型の家電製品など、長期間売れ残った在庫は、仕入れた時よりも価値が著しく下がっていることがあります。
経営者としては、この価値の減少分を「商品評価損」として費用(損金)に計上したいと考えるのは当然でしょう。
しかし、この評価損の計上は、税務上、非常に厳格なルールが定められています。
評価方法による計上可否の違い
商品の評価方法は、主に「原価法」と「低価法」があります。
- 低価法
あらかじめ税務署に届出をして「低価法」を採用している場合は、期末時点の時価が取得原価を下回っていれば、その差額を評価損として計上できます。
ただし、その「時価」が客観的な根拠(例えば、市場価格や処分見込価額など)に基づいて算定できる必要があります。 - 原価法
多くの企業が採用している「原価法」の場合、評価損を計上するためのハードルはさらに高くなります。
原則として、物理的な毀損や品質低下がない限り認められず、例外的に認められるのは「著しい陳腐化」が生じた場合のみです。
この「著しい陳腐化」とは、以下のような状態を指します。
棚卸資産そのものには損傷等の物質的な欠陥がないにも関わらず、型式、性能等の優れた新製品が発売されたなど経済的な環境の変化に伴い、その価値が著しく減少し、今後その価値が回復しないと認められる状態
「著しい」という部分の解釈は、調査官によっても見解が分かれることが多く、税務調査で争点になりやすいポイントです。
評価損を計上する場合は、なぜその評価額になるのか、客観的な証拠をもって理論武装し、調査官とよく話し合う必要があります。
まとめ:安易な不正は必ず発覚する。信頼できる専門家と共に正しい経営を
この記事でお伝えしてきたように、「棚卸除外」は非常にリスクの高い行為です。
一度ごまかした数字は、その場しのぎにはなっても、翌年、翌々年へと歪みとして残り続けます。
数字のツジツマはいつか必ず合わなくなり、税務調査で鋭く指摘されることになります。
繰り返しになりますが、仮装・隠ぺい行為は重加算税という重いペナルティの対象です。
目先の納税額を少し減らすために、後で何倍もの追徴課税と社会的信用を失うリスクを冒すのは、賢明な経営判断とは到底言えません。
年度末の決算、そしていつ来るかわからない税務調査に不安を感じていらっしゃるのであれば、どうか安易な道を選ばず、専門家に必ずご相談ください。
正しい会計処理と、来るべき調査への適切な備えこそが、会社を長期的な成長に導く唯一の道です。