税務調査における資料提供の法的線引きと実務対応

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。

毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。

中小企業の経営者にとって、税務調査は避けて通れない重要なイベントです。

特に、「税務調査でどこまでが義務なのか」「どのように対応するのが適切なのか」という線引きは曖昧になりがちで、不安を感じる方も多いのではないでしょうか。

今回の記事では、税務調査の中でも特に重要な「提出」と「留置き」の違いに焦点を当て、調査官からの資料提供の求めにどのように応じればいいのかを詳しく解説します。

正しい理解と準備をしておけば、調査の場でも落ち着いて対応しやすくなるでしょう。

資料提供における基本的な考え方

税務調査が行われると、多くの場合、調査官から会社の帳簿類や契約書、請求書などの資料を提示・提出するよう求められます。

このとき、経営者としては「どこまでが法的義務なのか」「提出を拒否できる資料はあるのか」という点を明確にしておきたいものです。

ここでは資料提供において大枠となる考え方を整理しておきましょう。

まず、税務調査において調査官から提示または提出を求められた場合、以下のように大別されます。

  • 提示・提出:法的義務があり、基本的には断ることができない
  • 留置き:納税者の任意であり、断ることができる

この区分を正しく把握しておくことで、「調査官に言われるがままにすべて持ち帰られてしまった」というトラブルを避け、適切な主張を行うことが可能になります。

多くの経営者が、税務調査に対して不安や疑問を抱く理由の一つが「要求にどこまで応じるべきか分からない」という点です。

そこで、次項からはこの区分に関する法的な根拠を見ながら、実際の調査現場での対応を具体的に掘り下げていきます。

「提示・提出」と「留置き」の法的な背景

税務調査において調査官から資料の提示・提出を求められた場合、その根拠となるのは国税通則法第74条の2です。

ここには次のように規定されています。

その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査し、又は当該物件(その写しを含む。)の提示若しくは提出を求めることができる。

この条文が示すとおり、調査官は納税者の事業に関わる帳簿書類や物件を検査する権限を持ち、それらの「提示・提出」を求めることができます。

そして、提示・提出を求められた際には、納税者は拒否できないとされています。

これは税務当局の正当な調査権限であり、納税者側にも協力義務が課されているからです。

一方で、「留置き」に関しては、調査官が資料そのもの(原本等)を持ち帰る行為に対する納税者の同意が必要とされています。

法律上は、「提示・提出」は義務として協力しなければならない一方、「留置き」は強制ではなく「任意」であるという解釈がなされます。

言い換えれば、留置きは納税者側の同意がなければ認められないのです。

資料のコピーを渡した場合の扱い

ここでよくある疑問が、「コピーを渡した場合はどうなるのか」という点です。

税務調査の場面では、調査官がオリジナル(原本)ではなくコピーを持ち帰ることが頻繁にあります。

そのコピーに関しても、果たして「提出」なのか「留置き」なのか判断が曖昧になりがちです。

国税庁のFAQが示す区分

国税庁のFAQでは、コピーの取り扱いについて次のような区分を示しています。

  1. 調査のために新たに作成されたコピー
    これは通常「返還を予定しない」とみなされるため、「提出」に該当します。
    よって、調査官が持ち帰ることを拒否することは原則できません。
  2. 事業の用に供するために保有しているコピー
    こちらは「返還を予定する」ものとみなされるため、「留置き」に該当します。
    つまり、調査官が持ち帰る行為を拒否することができます。

この違いを理解するうえで重要なのは、「返還を予定しているかどうか」という視点です。

事業活動に必要な書類として確保しておきたい資料は、たとえ形式上はコピーであっても「事実上の原本」として扱われる可能性があるため、調査官に「留置き」として持ち帰られることを拒否できるわけです。

原本とコピーの取り扱いの違い

では、原本とコピーでは具体的にどのような違いがあるのでしょうか。

次のポイントを把握しておくと整理しやすくなります。

  • 原本(返還を予定している資料)
    調査官が持ち帰る行為は「留置き」に該当し、納税者は拒否することができます。
  • 調査中に作成されたコピー(返還を予定していないもの)
    「提出」に該当するため、納税者は拒否することができません。

ここで気をつけたいのは、「手元にコピーしか存在しない場合」です。

例えば、取引先からコピーで受け取った書類しか残っていないケースでは、そのコピーが事実上の原本とみなされます。

したがって、

  • そのコピー(事実上の原本)を持ち帰る場合は「留置き」であり、拒否できる
  • ただし、調査官がそのコピーをさらにコピー(いわゆる複写の複写)して持ち帰るのであれば、それは「提出」とみなされ、拒否できない

という扱いになる点がポイントです。

実際の対応ケースとシナリオ

税務調査の現場では、多種多様な書類が存在し、調査官とのやり取りも複雑化しがちです。

ここでは、代表的なケースを挙げて対応のポイントを確認しておきましょう。

ケース1:原本の持ち帰り要求

調査官が帳簿や取引書類など、原本を直接持ち帰ろうとするケースです。

これは「留置き」に該当するため、納税者は拒否する権利があります。

ただし、現場では調査官がその場でコピーを取り、それを持ち帰ることが多いでしょう。

このコピーについては「提出」に該当し、拒否できません。

結果として、オリジナルは会社に残したまま、コピーだけを調査官が持ち帰るという形が一般的です。

ケース2:その場でコピーした資料の持ち帰り

調査官が帳簿や書類をさっとコピーし、その場で作成したコピーを持ち帰ろうとする場合があります。

これは「提出」に該当するため、拒否はできません

税務当局としても資料を確認する必要がありますので、この対応自体は自然な流れといえます。

ケース3:コピーしか存在しない資料

取引先から受領した書類が最初からコピーで、オリジナルが存在しないケースです。

これに対して調査官が「そのコピーを持ち帰りたい」と申し出た場合、事実上の原本として扱われます。

よって、「留置き」に該当し、拒否できる可能性があります。

その一方で、調査官が「じゃあこのコピーをさらにコピーさせてください」という対応をする場合は、新たに作成するコピーは「提出」扱いとなり、持ち帰りの拒否はできません。

「提出」と「留置き」の判断基準

実務上は、提出と留置きの線引きがあいまいに感じられる瞬間もあります。

税務調査の現場で混乱しないためには、以下の3つの視点を念頭に置いて判断することが役立ちます。

  1. その資料は返還を予定しているか?
    事業の用に供するため、後日その原本が必要となるかどうかを基準にします。
  2. その資料は事業の用に供しているか?
    納税者側が日常業務で使用し、保管が必須と認識しているものであれば、原本として重要な資料とみなされます。
  3. 調査のために新たに作成されたものか?
    調査官がその場で作成したコピーは「提出」に該当するため、原則として拒否できません。

例えば、原本を留置きとして持ち帰られることを拒否したとしても、調査官はその原本をコピーし、そのコピーを提出物として持ち帰ることができます。

結果的に大量の書類をコピーされる場合もありますが、現場での混乱を避けるために、あらかじめ「提出」と「留置き」の考え方を理解しておくことが大切です。

税務調査にスムーズに対応するためのポイント

ここからは、箇条書きの前後に説明を入れながら、具体的にスムーズな対応のためのポイントを見ていきましょう。

税務調査の際には以下の点を心がけると混乱を最小限に抑えられます。

まずは、実務上とても重要なポイントを整理します。

  • 調査官とのコミュニケーションを大切にする
    税務調査はあくまで事実確認が主目的です。
    調査官の求める資料の必要性や意図を確認しながら対応すると、お互いの誤解を減らせます。
  • 必要な書類をあらかじめ整理しておく
    事前に帳簿や証憑書類を整理整頓しておき、どこに何があるのかを把握しておくとスムーズです。
    抜き打ちの税務調査の場合でも、日頃から書類整理をしておけば慌てずに済みます。
  • 原本とコピーの区別をはっきりさせる
    どの書類が返還予定の原本で、どの書類がコピーに当たるのかは調査前に整理しておきましょう。
    コピーしか存在しない資料についても、その扱いを把握しておくと良いです。
  • 留置きを求められた場合は慎重に判断する
    原本を持ち帰られると業務に支障が出るケースも考えられます。
    なぜ留置きが必要なのかを確認し、必要であれば拒否する選択肢もあることを意識しましょう。
  • 専門家に相談する
    税理士や弁護士などの専門家に相談しておくと、事前にリスクを洗い出せます。
    特に調査当日に専門家が同席していれば、交渉や説明がスムーズに進むことが多いです。

以上のポイントを踏まえて事前準備を行えば、不必要な混乱を避けつつ、適切な形で税務調査に協力できるようになるでしょう。

まとめ

最後に、税務調査における資料の扱いについて、重要なポイントを振り返ります。

  • 「提示・提出」は法的義務であり、原則として断ることはできません。
  • 「留置き」は納税者の同意が必要であり、納税者に拒否権があります。
  • その線引きの基準は「返還を予定しているかどうか」「事業の用に供する資料か」「新たに作成されたコピーか」といった点で判断されます。
  • コピーしか存在しない資料は事実上の原本とみなされるため、「留置き」に該当する場合には拒否が可能です。
  • しかし、調査中に新たに作成されたコピーは「提出」と判断されるため、拒否できないことに注意が必要です。

税務調査は心理的な負担が大きいものではありますが、あらかじめ「提示・提出」と「留置き」の違いや法的根拠を理解しておけば、慌てずスムーズに対応することが可能です。

特に中小企業の場合、経営者が財務関連の管理を兼務しているケースも多く、日頃から書類の整理を徹底しておくと、いざというときの対応がぐっと楽になります。

また、必要に応じて税理士などの専門家の助言を受けることで、リスクを減らしつつ適切な範囲で資料を提供し、調査官との無用なトラブルを回避することもできるでしょう。

税務調査は企業運営において大切なチェック機能でもあります。正しく法令を理解し、誠実に対応することで、結果として企業の信用力や財務体制の透明性を高めるきっかけにもなり得ます。

今回ご紹介したポイントを押さえながら、円滑な税務調査対応を目指してください。

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