不動産購入で相続税が安くなる?最もよく聞く節税対策の落とし穴とは

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週水曜日に、経営者なら知っておきたい「節税対策」についての知識を解説しています。
「先生、不動産を買うと相続税が安くなるって本当ですか?」
これは、私が経営者の皆様から頻繁にいただく質問の一つです。
事業が軌道に乗り、手元にキャッシュが生まれてくると、次の打ち手として「相続」を意識されるのは当然のことでしょう。
結論からいえば、この質問に対する答えは、紛れもなく「イエス」です。現金で資産を持つよりも、不動産に換えておく方が、相続税の課税対象額を大きく圧縮できます。
しかし、この話には続きがあります。相続税の節税というメリットの裏には、見過ごすことのできない大きな落とし穴も潜んでいるのです。
良かれと思って実行した対策が、かえってご家族を苦しめる「争族」の火種になるケースも、残念ながら少なくありません。
本記事では、税理士の視点から、不動産を活用した相続税対策の具体的な仕組みと、絶対に知っておくべき現実的な問題点について、包み隠さず解説していきます。
なぜ不動産購入が相続税の節税につながるのか?評価額のカラクリを解説
まず、なぜ不動産を購入すると相続税が安くなるのか、その基本的な仕組みからご説明します。
相続税を計算する際、財産の価値を評価する必要がありますが、資産の種類によってその評価方法が異なります。
- 現金・預金の場合:額面そのものが評価額となります。現金5億円を持っていれば、5億円がそのまま課税対象です。
- 不動産の場合:時価(実際に売買される価格)ではなく、国が定めた基準で評価されます。
具体的には、土地と建物でそれぞれ以下の基準が用いられます。
- 土地:路線価(ろせんか)
- 建物:固定資産税評価額
ここが最大のポイントです。一般的に「路線価は時価の8割程度」「固定資産税評価額は時価の7割程度」と言われています。
つまり、5億円の現金で時価5億円の不動産を購入した瞬間に、相続税を計算する上での評価額は、理論上3〜4億円程度まで下がるのです。
さらに、これはあくまで一般論です。不動産価格が高騰している昨今の東京近郊などでは、実際のところ評価額が時価の半分以下になっているケースも珍しくありません。
どのような市況であれ、不動産の相続税評価額は時価よりも数割低くなる。これが、不動産購入が相続税対策の王道と言われる所以です。
【特例活用】さらに評価額を圧縮する2つの強力な手法
不動産の評価額が時価より低くなるだけでも大きなメリットですが、特定の条件を満たすことで、評価額をさらに劇的に引き下げることが可能です。
ここでは代表的な2つの特例をご紹介します。
自宅購入で使える「小規模宅地等の特例」
もし、ご自宅が持ち家であれば、「小規模宅地等の特例」という非常に強力な制度が適用できる可能性があります。
これは、一定の面積まで(330㎡まで)の土地の評価額を【さらに80%も減額】できるというものです。
例えば、評価額1億円のご自宅の土地があったとします。この特例が適用できれば、なんと相続税計算上の評価額は2,000万円になるのです。
現在、賃貸にお住まいの経営者の方でも、将来的にご家族へ自宅を残したいというお考えがあれば、この特例の活用を視野に自宅を購入するという選択は、相続対策上、非常に有効な一手と言えるでしょう。
収益不動産で使える「貸家建付地」
次に、アパートや賃貸マンションといった収益不動産を購入した場合です。これらの不動産は、土地(敷地)を「他人に貸している」状態になります。
このように第三者に貸し出されている土地を「貸家建付地(かしやたてつけち)」と呼び、更地の状態よりもさらに評価額が低くなります。
自分のためだけでなく、他人のために利用されている土地は、所有者の権利が一定の制約を受けるため、その分評価額を下げてくれるのです。
これら2つの特例は、組み合わせることも可能です。例えば、土地を購入して収益マンションを建築し、その最上階をご自身の自宅にする「賃貸併用住宅」という形です。
これにより、「小規模宅地等の特例」と「貸家建付地」の両方のメリットを享受でき、相続税評価額を大幅に圧縮することが可能になります。
借入金はマイナス資産?銀行融資を活用した相続税対策
収益不動産のような高額な資産を、すべて現金一括で購入するケースは稀です。
多くの場合、銀行からの借入、つまりローンを組むことになります。
実はこの「借入金」も、相続税対策において重要な役割を果たします。
借入金は、亡くなった時点(相続開始時)に残高があれば、それは「マイナスの財産」として、プラスの財産全体から差し引くことができます。
例えば、2億円の収益不動産を、自己資金1億円と銀行からの借入金1億円で購入したとします。
その後、相続が発生した時点で借入金の残高が5,000万円残っていた場合、この5,000万円分を課税対象となる相続財産の総額から控除できるのです。
不動産そのものの評価額圧縮効果に加え、借入金の控除効果も加わることで、相続税の負担をさらに軽減できます。
手元キャッシュに余裕がある経営者の皆様にとって、自宅や収益不動産の購入が相続対策として極めて有効であることは、間違いありません。
落とし穴①:30年後の価値は?不動産価格の変動リスク
さて、ここまでは不動産購入のメリットに焦点を当てて解説してきました。
しかし、税理士として本当にお伝えしたいのは、ここからです。
相続税の圧縮効果だけに目を奪われ、安易に不動産に手を出すことの危険性についてです。
まず、不動産価格の変動リスクです。相続は、いつ発生するか誰にも予測できません。
相続税対策として5億円の収益マンションを購入し、実際に相続が発生するのが30年後だと仮定しましょう。
30年後の不動産市場がどうなっているか、正確に予測できる専門家はどこにもいません。
昨今は都心部を中心に価格が高騰していますが、長期的に見れば不動産価格は大きく上下します。
もし相続発生時に不動産市況が悪化し、購入時5億円だった物件の時価が2億円まで下落していたらどうでしょうか。
相続税は確かに安くなったかもしれませんが、それ以上に資産価値そのものが目減りし、結果として「損をしただけ」という事態も十分にあり得るのです。
落とし穴②:財産が「争族」の火種に…不動産分割の現実的な問題
そして、これが最も深刻かつ現実的な問題です。
それは、不動産という「分けにくい財産」が、残されたご家族の間で「争族」を引き起こすリスクです。
相続「税」対策が、結果的に相続「争い」の引き金になってしまうことは、決して珍しい話ではありません。
共有名義が引き起こす兄弟間の亀裂
一つ、具体的なケースを考えてみましょう。
- 相続人:お子様3人
- 相続財産:価値5億円の収益不動産、現金1億円
- 相続税:1億円(仮)
この場合、まず相続税1億円を現金で納付することになります。
すると、手元に残る現金はゼロ。相続財産は、価値5億円の収益不動産のみとなります。
お子様3人は、この不動産を3分の1ずつの「共有名義」で相続するのが一般的です。
しかし、ここからが問題の始まりです。
もし、お子様のうち一人が「親の残した不動産からの家賃収入はありがたいが、それよりも自分の家のローン返済や子供の教育資金のために、まとまった現金が欲しい。自分の持ち分を売却したい」と考えたとします。
しかし、不動産は3人の共有名義です。一人だけの判断で売却することはできず、他の兄弟全員の同意が必要になります。
他の兄弟が売却に反対すれば、話は平行線をたどり、次第に関係は悪化していきます。
親としては家族の幸せを願って残したはずの財産が、皮肉にも兄弟間の絆に深い亀裂を入れてしまうのです。
これは、私が税理士として現場で何度も目の当たりにしてきた、本当に悲しい現実です。
「区分マンションなら安心」は本当か?
「それなら、1棟まとめてではなく、ワンルームマンションを複数室購入して、子供たち一人ひとりに1室ずつ渡せるようにすれば問題ないのでは?」
そうお考えになる方もいらっしゃるでしょうし、実際にそういった売り文句で区分マンション投資をアピールする業者も多くいます。
しかし、これもまた、問題を完全に解決する策とは言えません。
例えば、収益マンションを3室お持ちで、相続人がお子様3人だったとします。
一見、1室ずつ相続すれば公平に分けられるように思えます。
しかし、それぞれの部屋が全く同じ価値であることはあり得ません。
立地や階数、間取り、現在の入居状況によって、各部屋の資産価値は異なります。
仮に、売却すればそれぞれ2,500万円、3,000万円、3,500万円になるとしたら、誰がどの部屋を相続するかによって、明らかに損得が生じてしまいます。
これが新たな不公平感を生み、揉め事の原因となるのです。
結論:真の相続対策とは?経営者が心得るべきポイント
本記事では、不動産を活用した相続税対策の有効性と、その裏に潜むリスクについて解説してきました。
間違いなく、不動産購入は相続税を圧縮する上で強力なツールです。
しかし、それはあくまで「相続税」という一点に絞った話です。
本当の意味での「相続対策」とは、税金を安くすることだけではありません。
残されたご家族が円満に財産を分割でき、納税資金にも困らない状態をいかにして作り出すかが、その本質です。
今回の話から導き出される最も重要な教訓は、「不動産を購入してなお、余裕ある手元キャッシュを確保しておくべき」ということです。
分割しやすく、納税資金にも充てられる現金の重要性は、不動産という分けにくい資産を持つ場合にこそ、より一層高まります。
相続対策は、ご家族の構成や資産状況、そして何よりも経営者ご自身の「想い」によって、その最適解が全く異なります。画一的な正解は存在しません。
だからこそ、インターネットの情報だけで判断するのではなく、皆様の状況に合わせたオーダーメイドの対策プランを練ることが不可欠です。
もし、ご自身の会社の、そしてご家族の未来を見据えた相続対策をご検討でしたら、ぜひ一度、当事務所までお気軽にご相談ください。