税務調査で「クルーザーはNG、フェラーリはOK」となったたった一つの理由

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
「社長、その高級車、本当に会社の経費で大丈夫ですか?」
税務調査について調べられている経営者の方であれば、このような不安を一度は感じたことがあるかもしれません。
特に、高級車やクルーザー、高額な美術品といった資産は、税務調査官から「社長個人の趣味ではないか?」と厳しい目を向けられやすい項目の代表格です。
もし、これらの資産が「事業とは無関係」と判断されれば、経費として認められず、追徴課税という手痛いペナルティが待っています。
しかし、資産が高級であること自体が問題なのではありません。実際に過去の税務調査では、約2,650万円のクルーザーは経費として認められず、一方で約2,700万円のフェラーリは経費として認められたという、興味深い事例が存在します。
なぜ、ほぼ同額の高級資産でありながら、判断が真っ二つに分かれたのでしょうか?
この記事では、国税不服審判所の裁決事例(平成7年10月12日)を基に、税務調査官がどこを見て資産の経費性を判断するのか、そして、経営者が自社の資産を正々堂々と経費として主張するために何をすべきかを、具体的かつ実践的に解説します。
なぜ?同じ「高級資産」なのに判断が分かれたたった一つの理由
クルーザーはNGで、フェラーリはOK。この判断を分けたものは何だったのでしょうか。それは、資産の種類や金額ではありません。
結論から言えば、判断の分水嶺となったのは、「その資産が事業のために使われていることを、客観的な事実で証明できたか否か」という、ただ一点に尽きます。
税務調査では、「これは仕事で使っています」という経営者の主張だけでは不十分です。
その主張を裏付ける「記録」「状況」「立証」が揃って初めて、経費として認められるのです。
今回の事例は、この「納税者側の立証責任」の重要性を如実に示しています。
それでは、具体的にそれぞれの事例を詳しく見ていきましょう。
【否認事例】経費として認められなかった「クルーザー」の悲劇
まずは、経費として認められなかったクルーザーのケースです。
- 資産の概要
- 種類:プレジャーモーターボート
- 購入金額:26,500,000円
- 定員:12名
会社側は、このクルーザーを「取引金融機関上層部の接待や、従業員の福利厚生の一環として使用した」と主張しました。
しかし、税務調査の結果、この主張は退けられました。その理由は、以下の通りです。
ポイント1:利用実態を示す記録が一切なかった
最大の問題点は、クルーザーを事業で利用した客観的な記録が何もなかったことです。
- 航海日誌などが記録されていなかった
- 「いつ、誰を、どのような目的で」乗船させたのかを具体的に説明できなかった
- 燃料を給油した事実はあっても、それが事業目的の航行だったことを証明できなかった
税務調査官は、「主張」ではなく「事実」と「証拠」を確認します。
「接待で使ったはずだ」という曖昧な記憶や口頭での説明だけでは、何百、何千万円もの資産の経費性を認めることはできないのです。
ポイント2:「福利厚生」という主張に根拠がなかった
次に、会社側が主張した「従業員の福利厚生」という目的も、以下の点から否定されました。
- 従業員が利用した実績を記録していなかった
- 福利厚生施設としての利用規程(利用ルール)が定められていなかった
- 全従業員が公平に利用できる状況にあるとは認められなかった
福利厚生目的であるならば、特定の役員やその関係者だけでなく、全従業員が利用できるようなルールが整備され、その利用実績が記録されている必要があります。
そうした準備がなければ、「福利厚生」は単なる後付けの言い訳だと判断されても仕方ありません。
ポイント3:公私混同を疑われる状況だった
さらに、このクルーザーを事業以外(プライベート)で利用した場合のルールも定められていませんでした。
もし社長が家族や友人とプライベートで利用した場合、会社に対して相応の使用料を支払うべきですが、そうした収益が計上された事実もありませんでした。
結局、納税者側は主張を裏付ける証拠を何一つ提出できず、「本件船舶が請求人の事業の用に供されたものと認めることはできない」と結論付けられてしまったのです。
【是認事例】なぜ「フェラーリ」は経費として認められたのか?
次に、経費として認められたフェラーリのケースを見ていきましょう。
- 資産の概要
- 種類:2人乗りスポーツカー(フェラーリ)
- 購入金額:27,000,000円
税務署側(原処分庁)は、「イタリア製の高級スポーツカーで、一般社会常識から見ても個人的趣味の範囲内のものである」と主張しました。
まさに、多くの経営者が恐れる指摘ですが、裁判所にあたる国税不服審判所は、会社の主張を認めました。その理由は、クルーザーのケースとは対照的です。
ポイント1:事業利用を「推認」させる客観的な事実があった
会社側は、「役員の通勤及び支店を巡回指導する際の交通手段として使用している」と具体的に主張しました。
そして、その主張を裏付ける複数の客観的な状況証拠を提示できたのです。
- 明確な走行実績
車検記録から、取得後3年間で7,598km走行している事実が確認された。
これは、単に所有して楽しむ「コレクション」ではなく、実際に使用されていたことを示します。 - 通勤手当の不支給
このフェラーリを使用していた役員に対し、会社は交通費や通勤手当を支給していませんでした。
これは、会社がこの車両を移動手段として公式に提供していたことの強力な裏付けとなります。
これらの事実から、たとえ直接的な業務日報がなくとも、「本件車両を請求人の事業の用に使用したものと推認することができる」と判断されました。
「推認」とは、直接的な証拠がなくても、間接的な事実を積み重ねて「おそらくこうだろう」と事実を認定することです。
ポイント2:「個人的趣味」という主張を覆したロジック
税務署側が指摘した「個人的趣味」という点についても、審判所は「主として使用する役員の個人的趣味によって選定されたとしても、現実に事業の用に使用されていることが推認できる以上は、原処分庁の主張を採用することはできない」と一蹴しました。
つまり、車種が何であるかよりも、「事業で使っている実態があるか」の方が重要であると明確に示したのです。
ポイント3:公私の区別を明確にしていた
決定打となったのが、公私の明確な区別です。
- この役員は、会社のフェラーリとは別に、個人的に外国製の車両を3台所有しており、それらは会社の資産(減価償却資産)としていませんでした。
この事実は、役員が会社の資産と個人の資産を明確に分けて経理処理していることの証明となり、「同族会社ゆえに公私混同が可能」という税務署側の疑念を払拭するのに大きく貢献しました。
あなたの会社は大丈夫?税務調査で問われる「事業供用」の証明
この2つの事例から、経営者が学ぶべき教訓は非常に明確です。
税務調査で資産の経費性を問われた際、最も重要になるのが「事業供用(じぎょうきょうよう)」の証明です。
「事業供用」とは、その資産が「事業の用に供されている」こと、つまり、プライベートではなく、会社のビジネスのために使われている状態を指します。
そして、この証明責任は、税務署側ではなく納税者である会社側にあります。
では、具体的に何を準備すればよいのでしょうか。
1. 「記録」を残すことを徹底する
クルーザーの事例で最も欠けていたのが記録です。
高額な資産や、プライベートでの利用も可能に見える資産については、必ず客観的な記録を残しましょう。
- 車両の場合
運転日報(使用者、日付、走行距離、行き先、目的などを記録) - 船舶の場合
航海日誌(同乗者、日付、航行時間、目的などを記録) - 福利厚生施設の場合
利用記録簿(利用者、日付、目的などを記録)
金額が大きい資産ほど、税務調査で指摘される可能性は高まります。
「聞かれたら答えられるようにしておく」のではなく、「聞かれる前に証拠を準備しておく」という姿勢が重要です。
2. 「ルール」を整備し、周知する
フェラーリの事例では、役員への通勤手当を不支給にしていたことが間接的なルールとして機能しました。
福利厚生目的で資産を保有する場合は、より明確なルールが必要です。
- 車両管理規程
- 福利厚生施設利用規程
これらの規程を作成し、単に金庫にしまっておくのではなく、従業員に周知徹底することが肝心です。
「全従業員が公平に利用できる」状態を形式的にも実質的にも作り上げることで、福利厚生という主張に説得力が生まれます。
まとめ:税務調査は「準備」が9割。客観的証拠で堂々と主張しよう
今回は、「クルーザーはNG、フェラーリはOK」とされた裁決事例を通じて、税務調査における資産の経費性の判断基準を解説しました。
重要なポイントを改めて整理します。
- 資産の経費性を決めるのは、価格や種類ではなく「事業に使っている客観的な証拠」の有無である。
- クルーザーが否認されたのは、利用記録やルールがなく「事業供用」を立証できなかったから。
- フェラーリが是認されたのは、走行記録や関連事実から「事業供用」が推認でき、公私の区別も明確だったから。
- 経営者は「これは事業用だ」と主張するだけでなく、それを裏付ける「記録」と「ルール」を日頃から準備しておく必要がある。
税務調査は、多くの経営者にとって憂鬱なイベントかもしれません。しかし、その対応は決して難しいものではありません。
日頃から「第三者に事業での利用を証明できるか?」という視点を持ち、証拠となる資料を一つひとつ積み重ねていくことが、いざという時に会社を守る最大の武器となります。
もし、自社の経理処理や税務調査への備えに少しでも不安を感じる点があれば、経験豊富な専門家にご相談ください。盤石な準備を整え、自信を持って税務調査に臨みましょう。