【節税対策の盲点】接待後のタクシー代は交際費?旅費交通費?

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週水曜日に、経営者なら知っておきたい「節税対策」についての知識を解説しています。
中小企業の経営者の皆様にとって、「交際費」の取り扱いは常に悩ましい問題ではないでしょうか。
特に、取引先との会食後にお渡しする「タクシー代」。これを単純に「交際費」として処理していないでしょうか?
実は、この「接待後のタクシー代」の扱いは、多くのウェブサイトや一部の専門家の間でも誤解が広まっているテーマです。
過去には税務調査の現場で「接待後のタクシー代が交際費になるのは国税の統一見解だ」と指摘されたケースさえありました。
しかし、少し立ち止まって考えてみてください。もし、接待後に社員が電車で帰宅した場合、その「電車代」を交際費として処理しているでしょうか?
おそらく、ほとんどの企業では「旅費交通費」として処理しているはずです。なぜ、同じ帰宅費用なのにタクシーだけが特別扱いされるのでしょうか?
この記事では、税理士の視点から、「接待後のタクシー代」に関するよくある誤解を解きほぐし、税務調査で指摘されないための明確な判断基準を徹底的に解説します。
正しい知識を身につけ、自信を持って経理処理を行いましょう。
なぜ誤解が広まった?「接待後のタクシー代=交際費」という思い込み
インターネットで検索すると、「接待後のタクシー代は交際費」と解説する記事が数多く見つかります。
実際に、顧問税理士の方針で、一律に交際費として処理している企業も少なくないでしょう。
この「常識」とも思える処理方法ですが、その根拠を深く掘り下げていくと、実は非常に曖昧なものであることがわかります。
前述の通り、「電車代は交通費なのに、なぜタクシー代だけが交際費になるのか」という素朴な疑問に、明確に答えられるケースは稀です。
この問題の背景には、ある有名な判決を表面的に解釈したことによる「誤解の連鎖」があります。
しかし、その判決を正しく理解し、国税庁の見解と照らし合わせれば、自ずと正しい答えが見えてきます。
まずは、議論の余地なく「交際費にならない」ケースから確認していきましょう。
【国税庁の見解】交際費に「ならない」ことが確定している2つのケース
「接待後のタクシー代」について考える前に、大前提として、国税庁が明確に「交際費等に該当しない」と示しているケースがあります。
この2つのパターンを理解するだけで、多くの誤解を解くことができます。
ケース1:取引先から接待を「受けた」側のタクシー代
まず、自社が接待を「される側」の場合です。
取引先が主催する会食に参加した後、自社の役員や従業員がタクシーで帰宅(または次の場所へ移動)し、そのタクシー代を自社で負担したとします。
この費用は、交際費には該当しません。国税庁の質疑応答事例においても、以下のように明記されています。
照会
当社は、得意先が主催する忘年会に役員が出席し、その会場から自宅までの交通手段としてタクシーを利用しましたが、このタクシー代は交際費等に該当しますか。
回答
(前略)したがって、得意先、仕入先その他事業に関係のある者等(以下「得意先等」といいます。)が主催するパーティー、会食等に出席するための交通費又はその会合の場所から自宅等へ帰るための交通費として支出するタクシー代は、得意先等に対する接待等のために支出するものではありませんから、交際費等には該当しません。
つまり、接待を受ける側が負担するタクシー代は、あくまで自社の事業を遂行するための「旅費交通費」であり、取引先への接待行為ではないため、交際費にはならないのです。
ケース2:自社で接待を「した」後の社員のタクシー代
次に、自社が「接待する側」の場合です。取引先との会食が終わり、自社の役員や従業員が帰宅するために利用したタクシー代はどうなるのでしょうか。
結論から言うと、この場合も原則として「旅費交通費」として処理すべきです。
著名な税務専門家の書籍においても、「自社開催の接待であっても、社員が帰宅するためのタクシー代は交際費にならない」という見解が示されていて、その根拠は非常にシンプルです。
「接待は残業と同じ」と考えるべきシンプルな理由
なぜ、自社で接待した後の社員のタクシー代が交通費になるのでしょうか。
そのロジックは、「接待」という行為の本質を考えれば簡単に理解できます。
「残業で終電がなくなり、タクシーで帰宅した」
この場合、タクシー代を「交際費」として処理する会社はないでしょう。
当然、「旅費交通費」として精算されます。これは、残業が「業務」であることに誰も疑問を抱かないからです。
「接待」もこれと全く同じです。取引先との関係を円滑にし、事業を有利に進めるために行う接待は、紛れもなく「業務」の一環です。
接待という業務が終了した以上、その後の帰宅にかかる費用は、移動手段が電車であれタクシーであれ、業務遂行に伴う「旅費交通費」に他なりません。
もし、その接待行為に事業関連性がないと判断されれば、そもそも交際費として損金算入することすらできず、役員や従業員への「給与」として課税されるリスクさえあります。
このように、「接待=仕事」という大原則に立てば、その後の帰宅費用を交通費と考えるのが論理的かつ自然な姿なのです。
誤解の根源となった「東京地裁昭和55年」判決の真相
では、これほど明確なロジックがあるにもかかわらず、なぜ「接待後のタクシー代=交際費」という誤解がこれほどまでに広まってしまったのでしょうか。
そのきっかけとなったのが、「東京地裁昭和55年4月21日」の判決です。
この判決の一部が切り取られ、表面的に解釈された結果、「接待に関連するタクシー代はすべて交際費」という誤った認識が一般化してしまったと考えられます。
しかし、この判決を正しく読み解けば、決してそのような結論には至りません。
次に、この判決で実際に何が争われ、どのような判断が下されたのかを詳しく見ていきましょう。
判決を正しく理解する!交際費と判断された2つの論点
この裁判では複数の論点がありましたが、「タクシー代」に関連する主なポイントは以下の2つでした。
この2つのケースが、なぜ「交通費」ではなく「交際費」と判断されたのかを理解することが、誤解を解く鍵となります。
論点1:社内忘年会後の社員のタクシー代
まず1つ目は、社内忘年会の後に社員が利用したタクシー代です。判決では、この費用を交際費と判断しました。
これは当然の判断と言えます。なぜなら、社内忘年会は取引先を接待する行為ではなく、「従業員の慰安のために要する費用」だからです。
このような社内イベントの費用は、税法上、福利厚生費もしくは社内飲食費としての交際費に該当します。
したがって、そのイベントに付随して発生したタクシー代も、同じく交際費(または福利厚生費)の性質を帯びるのです。
これは、本記事のテーマである「事業関連者に対する接待」とは、根本的に性質が異なる話です。
論点2:接待「終了後」、社員だけで二次会へ行った後のタクシー代
こちらが、誤解を生んだ最大のポイントです。
このケースでは、取引先の接待が一次会で終わり、その後、社内のメンバーだけで二次会や三次会へ行った後に利用したタクシー代が問題となりました。
判決は、このタクシー代を交際費と判断しました。
前回までの解説を思い出してください。「接待終了までが仕事だと考えれば、その後に電車で帰宅しようがタクシーを利用しようが、それは交通費にすぎません」と述べました。
この判決は、まさにそのロジックを裏付けています。
つまり、取引先との公式な接待(業務)はすでに終了しており、その後の二次会は「社員の慰労のため」の飲食、すなわち社内交際と見なされたのです。
その社内交際の後にかかったタクシー代だからこそ、「交際費」と判断されたわけです。
これは、接待という業務に付随する交通費ではなく、社員同士の慰労という別の目的に付随する費用と解釈された結果です。
【結論】これで迷わない!接待タクシー代の正しい仕訳ルール
これまでの解説をまとめると、接待に関連するタクシー代の正しい判断基準は以下のようになります。
もう迷う必要はありません。
【旅費交通費】になるケース
- 取引先から接待を「される」際に利用したタクシー代
- 自社の業務として参加しているため。
- 取引先を接待「した」後、直帰する際の自社社員のタクシー代
- 接待という業務が終了した後の、純粋な帰宅費用であるため。
【交際費】になるケース
- 社内忘年会など、従業員の慰安を目的とした飲食の後に利用したタクシー代
- イベント自体が福利厚生費または社内交際費の性質を持つため。
- 取引先との接待が終了した後、社員のみで二次会・三次会へ行った後のタクシー代
- 公式な接待(業務)終了後の、社内交際に付随する費用であるため。
- 取引先へのお車代としてタクシー代を負担した場合
- これは取引先に対する利益供与であり、典型的な接待交際費となります。
まとめ:専門家の視点で税務リスクを回避する
「接待後のタクシー代は交際費」という表面的な理解は、本来、損金に算入できるはずの旅費交通費を、損金算入に上限のある交際費として処理してしまう可能性があり、無駄な税金を支払うことにつながりかねません。
最も重要なのは、その支出が「誰のために、何のために使われたのか」という実態に基づいて判断することです。
判例や法令を正しく理解し、一つひとつの取引の背景を説明できるようにしておくことが、税務調査における最大のリスクヘッジとなります。
交際費の判断は、時に複雑なケースも存在します。もし自社の経理処理に少しでも不安を感じる点があれば、ぜひ一度、経験豊富な専門家にご相談ください。
正しい知識こそが、会社を不要な税務リスクから守る一番の盾となるのです。

