自社株の生前贈与は、早く始めたほうが節税対策になります

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週水曜日に、経営者なら知っておきたい「節税対策」についての知識を解説しています。
「会社の利益は順調に伸びている。しかし、自分の万が一の時、この会社の株式はどうなるのだろうか…」
中小企業の経営者であれば、一度はこのような不安を抱いたことがあるのではないでしょうか。
日々の経営に追われる中で、ご自身の相続、特に「自社株」が引き起こす問題にまで、なかなか考えが及ばないかもしれません。
しかし、事業が好調であればあるほど、自社株の評価額は高騰し、いざ相続が発生した際には、ご家族に多額の相続税負担という形で重くのしかかります。
最悪の場合、納税資金を捻出するために、会社そのものを手放さなければならない事態も起こり得ます。
そこで今回は、将来の相続税負担を計画的に軽減する「生前贈与」について、専門家の視点から具体的かつ実践的に解説します。
「生前贈与」とは、ご自身が生きている間に財産を計画的に贈与(譲渡)することです。
これを活用した「自社株の生前贈与」は、まさに経営者の皆様に知っていただきたい節税対策のひとつです。
なぜ生前贈与が「相続税対策」になるのか?
まず、財産を「生前贈与」することが、なぜ有効な相続税対策になるのか、その基本的な仕組みからご説明します。
経営者の方が亡くなった場合、その財産(現金、不動産、そして自社株など)は、配偶者やお子様といった相続人に引き継がれます。
この際、財産の総額が大きければ大きいほど、課される相続税も高額になります。
この未来の相続税負担を軽減するために有効なのが、生きている間に財産を次世代(子供や孫)へ移転しておく、つまり「生前贈与」です。
相続時にまとめて大きな財産を渡すのではなく、事前に少しずつ財産を移しておくことで、相続財産そのものを減らし、結果的に相続税を抑えることができるのです。
もちろん、国もこの仕組みを理解しているため、無制限の贈与を防ぐ目的で「贈与税」という税金を設けています。
もし贈与税がなければ、誰もが相続税を回避するために生前贈与を選択するでしょう。
しかし、この贈与税には「年間110万円」という基礎控除(非課税枠)が設けられています。
これは、財産を受け取る側(受贈者)一人あたり、1月1日から12月31日までの1年間で受け取った財産の合計額が110万円以内であれば、贈与税がかからず、申告も不要という制度です。
例えば、お子様が3人いらっしゃる経営者の場合、それぞれのお子様に110万円ずつ、合計330万円を毎年贈与しても、贈与税は一切かかりません。
これを計画的に続けることで、非課税で着実に財産を次世代へ移転させることが可能になります。
経営者が贈与すべきは「現金」ではなく「自社株」である理由
生前贈与と聞くと、現金を思い浮かべる方が多いかもしれません。
実際に、現役を引退された方が余剰資金をお孫さんへ贈与する、といったケースはよく見られます。
相続を二世代(子、そして孫)にわたって繰り返すたびに相続税が課されることを考えれば、一足飛びに孫へ財産を移転するのは合理的な判断です。
しかし、現役の中小企業経営者にとって、現金を生前贈与することは現実的ではありません。
なぜなら、経営者は会社の生命線である資金繰りを安定させるため、常に手元に十分な現金を確保しておくべきだからです。
では、経営者は何を贈与すべきなのでしょうか。その答えが「自社株」です。
多くの経営者が意識されていませんが、経営者が保有する財産の中で、最も大きなウェイトを占めるのが、実はこの自社株なのです。
現金や有価証券と違い、会社の株価は目に見えにくいため、その価値に気づきにくいのです。
特に、お子様が事業を承継する・しないにかかわらず、将来の相続税対策として自社株を生前贈与しておくことは極めて重要です。
自社株贈与を成功させる鍵は「タイミング」と「株価評価」
自社株を生前贈与する上で、最も効果的なのは「株価が下がっているタイミング」を狙うことです。
例えば、設備投資がかさんだり、一時的な業績不振に陥ったりして、決算が赤字になったとします。
経営者としては頭の痛い状況ですが、見方を変えれば、これは自社株の評価額が一時的に下がる絶好の機会です。
同じ110万円の非課税枠でも、株価が低い時ほど、より多くの株式を贈与できるのです。
そもそも、なぜ自社株が相続時に問題になるのでしょうか。
それは、中小企業の株式は上場株式と違って市場で自由に売買できず、換金性が極めて低いからです。
にもかかわらず、会社の業績が良ければ株価は非常に高額になり、その評価額に対して多額の相続税が課されます。
結果として、「株という財産はあるのに、相続税を支払う現金がない」という深刻な納税資金問題に直面するケースが後を絶ちません。
このような事態を避けるためにも、計画的な自社株の生前贈与が不可欠なのです。
ここで重要になるのが「自社の株価を正確に把握しておくこと」です。
「うちの会社の株価は今、いくらなのか?」
この問いに即答できない経営者の方は、すぐに顧問税理士に依頼し、株価算定をしてもらうことを強くお勧めします。
例えば、直近の決算から自社の株価が1億円だと評価されれば、その約1%(100万円相当)の株式をお子様一人に贈与しても贈与税はかかりません。
お子様が3人いれば、年間で約3%の株式を無税で移転できる計算になります。
なぜ、今すぐ生前贈与を始めるべきなのか?2つの重要な理由
「年間1%や3%では、大したインパクトはないな」と感じるかもしれません。
しかし、生前贈与による節税は、長期継続することで真価を発揮します。
そして、まだ始めていない経営者の方が「今すぐ」贈与に着手すべき理由が2つあります。
理由1:継続することで効果が最大化する
生前贈与は、一度や二度で終わらせるものではなく、毎年コツコツと続けることで相続税を劇的に圧縮するものです。
先の例で言えば、年間1%の株式贈与でも、20年間続ければ合計で20%もの株式を無税で次世代に移転できます。
これを40歳から始めるのと、70歳から始めるのとでは、その効果に天と地ほどの差が生まれることは言うまでもありません。
特に、今後も事業成長が見込まれ、利益が出続ける会社であれば、株価は上昇し続けます。
つまり、先延ばしにすればするほど、同じ非課税枠で贈与できる株式の数が減ってしまうのです。
できるだけ株価が低いうちに、一日でも早く生前贈与をスタートさせることが、将来の節税効果を最大化する鍵となります。
理由2:税制改正による「持ち戻し期間」の延長
生前贈与を急ぐべきもう一つの重要な理由が、「税制改正」です。
生前贈与を使った駆け込みでの節税を防ぐため、税法には「生前贈与加算(通称:持ち戻し)」という制度があります。
これは、亡くなる時点から遡って一定期間内に行われた贈与は、なかったことと見なされ、相続財産に加算して相続税を計算するというルールです。
例えば、余命宣告を受けてから慌てて贈与をしても、節税にはならない仕組みです。
これまで、この持ち戻しの期間は「死亡前3年間」でした。
しかし、税制改正により、この期間が2024年1月1日以降の贈与から段階的に「7年間」まで延長されることになりました。
詳細な解説は複雑になるため割愛しますが、簡潔に言えば「より長期間にわたる生前贈与が相続税の対象に含まれるようになった」ということです。
この改正の影響を少しでも受けにくくするためには、できるだけ早く、健康なうちから生前贈与を開始し、7年という期間を超える贈与実績を積み重ねていくことが非常に重要になります。
【思い込み注意】年間110万円の壁を超える戦略的贈与とは?
最後に、多くの経営者が陥りがちな「思い込み」について触れておきます。
それは、「生前贈与は年間110万円までしかできない」「110万円を超えて贈与すると損をする」という誤解です。
年間110万円というのは、あくまで贈与税がかからない非課税のラインです。
しかし、将来の相続税率の高さを考えれば、あえて少額の贈与税を支払ってでも、110万円を超える額を贈与した方が、トータルで得をするケースは少なくありません。
例えば、お子様(20歳以上とします)に410万円の財産を贈与したとしましょう。
この場合の贈与税額は35万円です。
(410万円−110万円)×15%−10万円=35万円
贈与額410万円に対して税額が35万円ですから、実効税率は約8.5%です。
相続税の税率が最低でも10%、最高で55%であることを考えると、この8.5%という税率がいかに低いかがお分かりいただけるかと思います。
もちろん、贈与する方の資産総額や、将来見込まれる相続税額との比較計算が必要になりますが、実務の現場では、お子様やお孫様への財産移転を加速させるため、あえて贈与税を計画的に納税する戦略をとるケースは非常に多いのです。
まとめ:計画的な生前贈与で、会社と家族の未来を守るために
今回は、中小企業経営者のための節税対策として「自社株の生前贈与」を解説しました。
- 生前贈与は、将来の相続税を圧縮する有効な手段である。
- 経営者は現金ではなく、将来の相続で問題となりやすい「自社株」を贈与すべきである。
- 株価が低いタイミングを狙い、長期継続することで効果は最大化する。
- 税制改正(持ち戻し期間の延長)を考えても、一日でも早く始めることが重要である。
- あえて贈与税を支払い、110万円の枠を超える戦略も視野に入れるべきである。
生前贈与は、思い立った時にすぐにできる単純なものではありません。
自社の株価評価から始まり、誰に、いつ、どれくらい贈与するのか、そして相続税と贈与税のバランスをどう取るのかといった、長期的な視点に立った戦略と計画が不可欠です。
そして、その計画を成功に導くためには、貴社の状況を深く理解し、税務の専門知識を持つパートナーの存在が欠かせません。
もし、自社の株価評価や具体的な生前贈与の進め方についてご興味がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
貴社の状況に合わせた最適なプランをご提案させていただきます。