税務調査のリスクを劇的に下げる「経費10%カット」の戦略的思考

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。

毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。

中小企業の経営者にとって、税務調査は避けて通れない課題の一つです。

「何も悪いことはしていない」と思っていても、いざ調査官がやってくるとなれば、精神的な負担は計り知れません。

多くの経営者は「少しでも多くの経費を計上して、税金を安くしたい」と考えます。それは経営として自然な感情です。

しかし、税務の現場で長年経験を積んできた立場から申し上げますと、その「少しでも多く」という姿勢が、かえって税務調査を呼び寄せてしまうことがあります。

今回は、あえて「必要経費を10%削る(自己否認する)」ことで、税務調査の選定対象から外れやすくし、万が一調査に入られても圧倒的に有利に交渉を進めるための、高度な実務ノウハウをお伝えします。

「完璧な節税」が逆に怪しまれる理由

「経費を削る」と聞くと、「税金を余分に払うことになるので損ではないか?」と感じる方が多いでしょう。

しかし、これは「損得」ではなく「リスク管理」の観点から非常に有効な戦略です。

税務署の調査官は、日々膨大な数の決算書を見ています。

彼らが調査対象を選定する際、最も注目するポイントの一つが「家事関連費(プライベートと事業の境界線)」の扱いです。

例えば、社長専用の高級車が決算書の「減価償却費」に載っているとします。

このとき、償却費が100%全額経費として計上されていたら、調査官はどう感じるでしょうか。

  • 「社長が乗っている車なら、土日や夜間にプライベートで使うこともあるはずだ」
  • 「100%事業用というのは不自然だ」
  • 「ここを突けば、確実に否認(修正)させられるだろう」

つまり、「100%経費」という完璧に見える数字こそが、調査官にとっては「格好の獲物」に見えてしまうのです。

所得税の調査において、家事按分(プライベート費用の除外)の指摘は、調査官にとって最も容易で確実な実績作りになるからです。

「あえて10%削る」が最強の防衛策になる

そこで推奨したいのが、「顧問税理士と相談の上、あらかじめ10%程度を自己否認(経費に入れない)しておく」という手法です。

例えば、車両の経費を「事業割合90%・家事割合10%」として申告します。

決算書を見た調査官は、この数字を見て次のように判断します。

「この納税者は、プライベートでの利用分を自ら認め、最初から経費から除外している」

このように、納税者側が自主的に適正(と思われる)処理を行っている場合、調査官の心理としては「ここを突っ込んでも、大きな追徴課税は取れないだろう」と考えます。

わざわざ手間をかけて調査に入っても、お土産(追徴税額)が少なそうであれば、調査官は調査対象としての優先順位を下げざるを得ません。

つまり、たった10%の経費を削るだけで、「この会社は調査をやりにくい」「しっかり管理されている」というメッセージを税務署に送ることができ、結果として調査選定の回避につながるのです。

決算書に現れない経費をどうアピールするか

車両のような減価償却資産であれば、決算書の明細で「事業専用割合」を示すことができますが、その他の経費はどうすればよいでしょうか。

  • 地代家賃(自宅兼事務所の場合など)
  • 水道光熱費
  • 通信費
  • 接待交際費

これらの科目は、決算書の表面上の数字だけでは「何%を経費にしたか」が読み取れません。

そこで活用したいのが、青色申告決算書の裏面(3ページ目)右下にある「本年中における特殊事情」の欄です。

多くの経営者や税理士がこの欄を空白にしがちですが、こここそが税務署へのアピールポイントになります。

具体的には以下のように記載します。

【記載例】

「地代家賃のうち、〇〇%は家事費として計算し、必要経費には算入していません」

このように明記しておくことで、調査官が選定段階で決算書を読み込んだ際、確実に目に留まります。

「特殊事情」欄を使って先手を打っておくことは、調査に入る意欲を削ぐための非常に実践的なテクニックです。

万が一の調査でも「反論」が容易になる

この「あえて10%削る」戦略の真価は、実際に税務調査が入った際にも発揮されます。

交渉の主導権をどちらが握るか、という局面で大きな違いが生まれるのです。

ケース1:100%経費にしていた場合

調査官に「車をプライベートでも使っていますよね? 100%経費はおかしいでしょう」と指摘されたとします。

経営者自身も「確かに休日に乗ることもある…」という事実があれば、反論は極めて困難です。

こうなると、「否認されることは確定」となり、あとは「何%削られるか」という防戦一方の交渉になります。

ケース2:90%経費(10%自己否認)にしていた場合

調査官が「90%も経費にするのは多すぎませんか?」と指摘してきたとしても、今度は対等以上に反論が可能です。

  • 経営者:「いえ、プライベート分として10%は既に引いています。これが適正だと考えています」
  • 調査官:「それでも90%は多いですよ」
  • 経営者:「では、何%が適正だと言うのですか? その具体的な根拠を示してください」

このように、立証責任を調査官側に求めることができます。

調査官が「〇〇%が正解です」と断定し、修正させるためには、明確な根拠(毎日の詳細な走行記録や、厳密な使用実態の証拠など)を提示しなければなりません。

感覚だけで「70%にしましょう」とは言えないのです。

すでに一定の譲歩(自己否認)をしている納税者に対して、さらなる修正を求めるのは、調査官にとってもハードルが高い作業となります。

「安心」を買うためのコストという考え方

経営において「キャッシュフロー」は重要ですが、税務調査によって時間を奪われ、精神をすり減らし、結果として多額の追徴課税とペナルティを支払うリスクと比較してみてください。

あえて必要経費の一部を削ることは、単なる損ではなく、「税務調査のリスクヘッジ」であり、経営の安定性を高めるための「保険」のようなものです。

もし、現在の申告内容で「100%経費」にこだわっている項目があれば、次の決算では「90%」に落とし、さらに決算書の備考欄(特殊事情欄)を活用することを検討してみてはいかがでしょうか。

こうした細やかな「見せ方」の積み重ねが、税務署からの信頼(=調査の入りにくさ)につながっていきます。

顧問税理士の方ともよく相談し、御社の実情に合わせた最適な割合を見つけ出してください。

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