あなたの申告漏れは「うっかり」か「わざと」か?税務調査の分岐点

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
「うちの会社はちゃんと申告しているから大丈夫」
多くの経営者がそう思っています。
しかし、税務調査において最もデリケートな論点の一つに、売上の一部が結果的に申告から漏れてしまう、いわゆる「つまみ申告」の問題があります。
「計上を忘れていた」「一部の入金が漏れていた」――。
それが単なる「うっかりミス」なのか、それとも「意図的な所得隠し」なのか。
この違いが、税務調査の結果を大きく左右します。
特に、最も重いペナルティである重加算税(最大で追徴税額の35%または40%)が課されるかどうかの分かれ道は、非常にシビアな判断が求められる領域です。
この記事では、数々の税務調査に立ち会ってきた専門家の視点から、この「つまみ申告」と重加算税の判断基準について、実際の判例や裁決を交えながら解説します。
税務調査で意図せぬ重加算税を課されるリスクを避け、正しく事実を主張するための知識を深めていきましょう。
「つまみ申告」が重加算税に直結しうる理由とは
「つまみ申告」とは、所得金額や収入金額の一部を意図的に除外して申告し、納税額を少なくする行為を指します。
帳簿の改ざんや架空経費の計上といった積極的な工作がないため、「隠ぺい仮装ではない」と主張したくなるかもしれません。
しかし、税務の世界ではそう単純ではありません。最高裁判所は過去に次のような判断を示しています。
最高裁平成7年4月28日判決
納税者は、株式等の売買による所得を申告しなければならないことを熟知していながら、顧問税理士から右売買による所得の有無について質問を受け、資料の提出を求められたにもかかわらず、確定的な脱税の意思に基づいて、その所得を同税理士に対して秘匿し、何らの資料も提出することなく、過少な申告書を作成させて提出したのであり、このことは、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をしたものといえ、このような納税者の行為は隠ぺい又は仮装に該当する。
ここでの重要なポイントは、「当初から所得を過少に申告する意図」があり、それが「外部からもうかがい得る特段の行動」によって示された場合、それは重加算税の対象となる「隠ぺい又は仮装」に該当する、という点です。
つまり、明確な証拠隠滅のようなアクションがなくとも、意図的に所得を隠す行為そのものが問題視されるのです。
なぜ個人事業主の調査で論点になりやすいのか
法人の税務調査ももちろん厳しいですが、実務上、この「つまみ申告」は特に個人事業主の調査で論点になりやすい傾向があります。
その背景には、法人に比べて帳簿の保存や経理体制が十分でないケースが多いという実態があります。
日々の売上管理が曖昧であったり、事業用と個人用の口座が混在していたりすると、申告漏れが発生しやすくなります。
そして、調査官はそれが「ミス」なのか「意図的」なのかを慎重に見極めようとします。
私がスポットで個人事業主の税務調査に立ち会う際や、新規でご契約いただく際には、まずこの「つまみ申告」のリスクがないかを慎重に確認します。
万が一、意図的と解釈されかねない申告漏れが見つかった場合、税務署との間で厳しい見解の相違が生じる可能性があることを、あらかじめ想定しておく必要があります。
「うっかりミス」と判断され、重加算税が取り消された判例
では、全ての申告漏れが「意図的」と見なされるのでしょうか?もちろん、そんなことはありません。
「過失」による申告漏れであれば、重加算税の対象にはならず、過少申告加算税(原則10%~15%)の対象となります。
この「意図的」か「過失」かの判断の難しさを象徴する、非常に興味深い判例があります。
税金のプロであるはずの税理士自身の申告漏れが、「意図的ではなかった」として重加算税が取り消された事例です。
広島高裁平成22年10月28日判決(要約)
税理士であるA氏は、自身が関与する会計法人B社の口座に、B社の業務の計算料と共に、A氏個人の税理士業務の決算料も振り込ませていた。B社の申告ではその決算料を除外していたが、A氏は個人の確定申告でその決算料の申告を漏らしていた。
国税側は「決算料のメモもあり、専門家なのだから意図的だ」と主張。
しかし裁判所は、
- A氏は多忙と体調不良で、必要な帳簿類を確認せず、ずさんな態度で申告を続けたに過ぎない可能性がある。
- 申告漏れの率も年々異なり、計画性はうかがえない。
- 多額の申告漏れがあったとしても、A氏が収入を正確に認識した上で、作為的に一部を除外したとまでは認められない。
として、重加算税の賦課を取り消しました。
この判決は、たとえ結果的に多額の申告漏れがあったとしても、
- 正確な申告をしようという意識の欠如(ずさんな管理状態)
- 計画性や規則性の欠如
といった状況が客観的に認められれば、それは「意図的な隠ぺい」ではなく「過失」と判断される余地があることを示しています。
これは、税務調査において事実関係を正しく主張する上で、重要な視点となります。
調査官の「意図的ですよね?」に、どう向き合うべきか
税務調査の現場では、調査官が納税者の言動から「意図性」を立証しようとすることがよくあります。
特に、つまみ申告のように明確な改ざん資料がない場合、調査官は納税者自身や従業員からの聞き取りを重視します。
国税庁の内部資料においても、その点が示唆されています。
TAINS 重要判決情報H240600
隠ぺい・仮装の事実を示す直接的な資料がない場合には、経理全体の流れや納税者が自己の収入の内容及び詳細についてどの程度認識しているかなどを納税者自身又は従業員から正確に聴取し、証拠化することが重要である。
この「証拠化」の代表例が、「質問応答記録書」です。
これは、調査における質疑応答を記録した書面で、最後に内容を確認した上で署名・押印を求められます。
もし、調査官の解釈に基づいた、事実と異なるニュアンスの記録書に安易に署名・押印してしまうと、それが意図性を裏付ける証拠として扱われかねません。
納税者には、記録書の内容を十分に確認し、事実と異なる部分や、意図しない表現があれば修正を求める権利があります。
納得できない内容のまま手続きを進めることは、絶対に避けるべきです。
重加算税の判断は「総合考慮」。調査で主張すべきポイント
つまみ申告が重加算税に該当するか否かは、単に「売上の一部が漏れていた」という事実だけで機械的に判断されるわけではありません。
最高裁も、様々な事情を総合的に考慮して判断すべき、との見解を示しています。
最高裁平成6年11月22日判決(要約)
つまみ申告の存在は、申告額と実際の税額の差はもちろん、申告前の事情、申告後の事情(税務調査に対する虚偽答弁や虚偽資料の作成・提出、帳簿書類の隠匿・廃棄等)をも総合して認定判断すべきである。
つまり、調査の場でどのように対応したかが、最終的な判断に大きく影響するのです。
例えば、以下のような裁決事例もあります。
平成10年5月28日裁決(要約)
3区画の土地を譲渡したのに1区画分しか申告しなかった事案で、国税は重加算税を課した。
しかし審判所は、
- 売買契約書や代金の授受について隠ぺい行為はない。
- 調査による事実の把握を困難にさせるような特段の行為は一切認められない。
- 譲渡の事実を隠ぺいする意図があったと認めるに足りる証拠はない。
として、重加算税を取り消しました。
これらの判例や裁決からわかるように、もし申告漏れを指摘されたとしても、
- 契約書や通帳などの資料は正直に全て提示していること
- 調査官の質問に対し、誠実に事実を説明していること
- 事実関係を隠そうとするような行動を取っていないこと
などを具体的に主張し、悪質性がないことを論理的に説明することが極めて重要です。
ただし、こうした主張や交渉は、過去の判例や事実関係を冷静に整理する必要があるため、専門家を交えて行うのが賢明です。
専門家が解説する、最新裁決の視点
「つまみ申告」に対する重加算税の賦課は、本来の「隠ぺい仮装」の要件を広く解釈したものであり、その適用については専門家の間でも議論があります。
そのため、最近では、申告行為そのものに問題があったとしても、それ以外の積極的な隠ぺい行為がなければ重加算税は課せない、という納税者側に有利な判断も出てきています。
平成27年7月1日裁決(要約)
国税は、納税者が「売上メモを破棄した」「収支内訳書に根拠のない額を記載した」といった行為は、重加算税の対象だと主張した。
しかし審判所は、
- メモの破棄は、売上金が全て通帳に振り込まれており、保存の必要がなくなったから廃棄した可能性が十分考えられる。
- 収支内訳書に根拠のない額を記載する行為は、過少申告行為そのものである。
として、これらの行為は重加算税の要件である「特段の行動」には当たらない、と判断しました。
この裁決は、単に「申告書の数字が違う」という事実だけでは重加算税の根拠として弱く、それとは別に「所得を隠すための特段の行動」がなければならない、という考え方を明確に示しています。
これもまた、税務調査において専門家が反論を組み立てる際の重要な根拠の一つとなり得ます。
まとめ:税務調査は専門家と共に。正しい主張で未来を守る
「つまみ申告」と重加算税の問題は、「知らなかった」「忘れていた」という納税者側の認識と、「意図的に隠した」という税務署側の主張が対立しうる、非常にデリケートな領域です。
ここまで見てきたように、
- 「意図的」と認定されるには、「当初からの意図」と「特段の行動」という厳しい要件があること。
- 重加算税の判断は、調査対応なども含めた「総合判断」であること。
- 最新の裁決では、過少な申告行為とは別の、積極的な隠ぺい行為の有無が重視される傾向にあること。
これらの知識は、自社を守るために非常に重要です。
しかし、これらの判例や専門知識を経営者ご自身が調査の現場で完璧に駆使し、冷静に交渉するのは至難の業です。
調査官を前に心理的なプレッシャーを感じる中で、法的な根拠に基づいて論理的に主張を組み立てるには、経験豊富なパートナーの存在が不可欠です。
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