税務調査で否認されない決算賞与の「通知」と「債務確定」のポイント

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
決算月の利益が想定以上に出そうなとき、多くの経営者が検討するのが「決算賞与」の支給です。
従業員のモチベーションを高めつつ、法人税の節税にも繋がる有効な手段として広く活用されています。
しかし、その手軽さとは裏腹に、税務上の要件は意外と厳格です。
特に、従業員への「通知」の方法や、賞与という「債務の確定」の考え方を誤解したまま処理を進めてしまうと、税務調査で損金算入を否認され、かえって追徴課税という手痛いしっぺ返しを受けることになりかねません。
この記事では、決算賞与をめぐる税務調査で特に論点となりやすい「支給額の通知」と「債務の確定」について、過去の判例を交えながら、実務で本当に役立つ知識を詳しく解説します。
決算賞与を損金にするための3つの大原則
まず、決算賞与を未払計上し、その事業年度の損金として認めてもらうための大前提となるルールを確認しましょう。
法人税法では、以下の3つの要件をすべて満たす必要があると定められています。
【決算賞与の損金算入要件】
- 通知要件
その支給額を、各人別に、かつ、同時期に支給を受ける全ての使用人に対して通知をしていること。- 支払要件
1で通知した金額を、通知した事業年度終了の日の翌日から1ヶ月以内に支払っていること。- 経理要件
その支給額を、通知した事業年度において損金経理をしていること。(法人税法施行令72条の3より抜粋・要約)
「1ヶ月以内の支払い」や「損金経理」は比較的イメージしやすいですが、実務で解釈が分かれ、税務調査で問題になりやすいのが1つ目の「通知」の要件です。
この「通知」が、具体的に何を指すのかを掘り下げていきましょう。
「通知した」つもりは危険!税務調査で問われる通知の具体性
「従業員には賞与を出すと伝えてある」というだけでは、税務上の「通知」要件を満たしたことにはなりません。
過去の裁判では、この通知の具体性が厳しく問われています。
計算式を伝えるだけでは「通知」にならない
「賞与の計算式は給与規程に載っているから、従業員は自分の支給額を計算できるはずだ」と考える経営者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、その考え方は非常に危険です。
ある裁判例(東京地裁平成27年1月22日判決)では、「給与規程及び内規等による所定の計算式が存在することを知るだけでは、賞与の具体的支給額を知ることができるとはいえず」と判断されました。
これは、たとえ計算式が社内で共有されていても、会社側が「個々の従業員ごとの具体的な賞与の支給額を最終的、確定的に決定した上で、それを本人に伝えなければならない」ということを意味します。
かつては「賞与の総支給額や『基本給×支給月数』といった計算根拠を伝えれば足りる」といった解説も見られましたが、現在の税務調査では、より厳格に「確定した個別の支給額」そのものの通知が求められると考えるのが安全です。
「総務に聞けばわかる」では通用しない
では、「賞与額は決まっているので、各自、総務課に確認してください」と周知するのはどうでしょうか。
これも残念ながら「通知」の要件を満たさない可能性が高いです。
ある税務に関するQ&Aサイトでは、このようなケースについて「全員が確認した訳ではないため通知の要件を満たさない」と解説されています。
あくまで会社側から、対象となる従業員全員に対して、能動的に金額を伝える必要があるのです。
証拠がなければ意味がない!通知の事実をどう残すか
税務調査では、客観的な証拠がすべてです。
「通知しました」と口頭で主張しても、それを証明できなければ意味がありません。
法人税の解説書(令和3年度版 法人税通達逐条解説)でも、以下のように「望ましい措置」が示されています。
「通知書を作成して使用人に交付し、その写しに使用人の確認印を受けるなど、使用人に対し支給額の通知をしたことが後日確認できるような措置をしておくことが望ましい。」
具体的には、以下のような方法が考えられます。
- 書面での通知
各従業員宛に賞与支給通知書を作成し、署名または捺印をもらって保管する。 - メールでの通知
各従業員に個別にメールで通知し、「内容を確認しました」といった返信を求める。あるいは、開封確認機能などを活用する。
なぜこれほど証拠が重要視されるのでしょうか。
それは、賞与に関する従業員の権利(債権)と会社の義務(債務)が成立するのは、会社が「個々の使用人ごとの具体的な賞与の支給額を最終的、確定的に決定した上これを外部に表示した時点」である、と別の裁判例(東京地裁平成24年7月5日判決)で示されているからです。
「外部への表示」とは、まさに従業員への通知行為そのものです。
この事実を客観的に証明(疎明)できなければ、そもそも債務が成立していないと判断され、損金算入が否認されるリスクが高まります。
「債務の確定」が大前提!従業員が自由に使える状態か?
そもそも、費用が損金として認められるためには、その事業年度末までに「債務が確定」している必要があります。
決算賞与の「通知」や「1ヶ月以内の支払い」といった要件も、すべてはこの「債務の確定」を客観的に示すためのルールと言えます。
裏を返せば、たとえ通知や支払いの形式を整えても、実質的に債務が確定しているとは言えないケースでは、損金算入は認められません。
賞与を原資とした社債購入の落とし穴
過去の事例(TAINS 法人事例002116)に、従業員に支給した特別賞与で自社の社債を購入させ、その社債の譲渡や換金に厳しい制限を設けていたケースがあります。
この場合、税務当局は「期末現在において賞与として確定していないので損金算入は認められない」と判断しました。
その理由は、従業員が賞与を自由に「使用収益処分」できないからです。
賞与は、従業員がその金銭を何に使うか自由に決められる状態になって初めて、会社から従業員へ完全に支払われた(債務が履行された)と言えます。
使い道に会社が制限をかけるような賞与は、債務が確定しているとは見なされません。
「未払賞与の借入金振替」が認められない理由
資金繰りの都合などから、決算で未払計上した賞与を、翌期に従業員からの「借入金」として処理する会社があります。
しかし、この処理も税務上は極めて危険です。
ある裁判(福岡地裁平成22年7月13日判決)では、賞与を借入金に振り替え、その返済期限を35年後とし、さらに「途中で退職した場合は返金する」といった条件を付けていたケースがありました。
裁判所は、このような実態では従業員が賞与を「確実に受けられるとは到底認め難い」とし、「債務の確定」を否定しました。
民法上、未払金を借入金に振り替える行為は「準消費貸借契約」と呼ばれます。しかし、税務の世界では、形式的な契約よりも経済的な実質が重視されます。
従業員が事実上自由に引き出せないような借入金への振替は、債務が確定していないと判断されるのです。
少し特殊なケース:「借入金振替」と源泉徴収の関係
ここで少し複雑な話になりますが、前述の「未払賞与の借入金振替」は、法人税法上は損金算入が認められない一方で、所得税法上は「支払」があったとみなされ、源泉徴収の義務が発生します。
これは、別の裁判例(大阪地裁平成9年5月21日判決)で、準消費貸借契約を結んだ時点で、所得税法上の「支払」があったと判断されているためです。
この場合、税務処理は以下のような流れになります。
- 前期
未払計上した決算賞与は、債務が確定していないため損金不算入となります(法人税が追徴される)。 - 当期
借入金へ振り替えた時点で、所得税法上の「支払」があったとみなされ、賞与として損金算入が認められます。 - 当期
同時に、会社はその時点で源泉所得税を徴収し、国に納付する義務が発生します。
結果的に損金算入のタイミングが1期ずれるだけですが、前期の法人税について延滞税などのペナルティが発生しますし、源泉徴収の義務も生じるなど、非常に煩雑な処理を強いられます。
安易に行うべき処理ではないと言えるでしょう。
まとめ:決算賞与は「実質」で判断される
決算賞与を適切に損金として認めさせるためには、形式的な要件を整えるだけでなく、その「実質」が伴っているかが何よりも重要です。
- 通知は「いつ、誰に、いくらを」明確に
対象者全員に、個別の確定した支給額を、後から証明できる形で通知する。 - 支払は「自由に使える形で」確実に
期限内に、従業員が使い道を制限されることなく、確実に現金化できる方法で支払う。
節税を急ぐあまり、これらの原則から外れた処理をしてしまうと、税務調査で思わぬ指摘を受けることになります。
企業の状況に応じて最適な方法は異なりますので、決算賞与の支給を検討される際は、ぜひ一度、当事務所にご相談ください。
過去の豊富な事例と深い知見に基づき、貴社にとって最も安全かつ効果的な方法をご提案いたします。
