税務調査で9割の経営者が見落とす青色専従者給与の盲点

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
「家族への給与」は、多くの個人事業主にとって最も身近な節税策の一つです。
特に、青色申告の特典である「青色事業専従者給与」は、その代表格と言えるでしょう。
しかし、その手軽さとは裏腹に、税務調査で思わぬ指摘を受けやすい「盲点」が数多く存在することをご存知でしょうか?
「届出を出しているから大丈夫」「相場くらいの金額だから問題ない」…そう考えている経営者の方ほど、注意が必要です。
法人における役員報酬とは全く異なる、所得税特有のルールを知らないばかりに、後から多額の税金を課されるケースは決して珍しくありません。
この記事では、青色事業専従者給与で特に盲点になりやすいポイントを、具体的な根拠法令や裁決例を交えながら徹底解説します。
そもそも「青色事業専従者給与」とは?基本ルールをおさらい
まず、基本の確認から始めましょう。
青色事業専従者給与とは、青色申告者が、生計を同一にする配偶者や親族に対して支払った給与を、一定の要件のもとで必要経費として計上できる制度です。
その要件は、所得税法第57条に定められており、主に以下の点がポイントとなります。
- 事前に「青色事業専従者給与に関する届出書」を税務署に提出していること
- 届出書に記載された方法・金額の範囲内で給与が支払われていること
- その給与の額が、労務の対価として相当であること(=適正額であること)
これらの要件を満たさない場合、支払った給与は必要経費として認められないことは多くの方がご存知かと思います。
しかし、問題は「要件を満たさなかった場合に、税務上どのような処理が行われるか」という点です。
【盲点①】給与が「過大」と判断された場合のお金の流れ
税務調査で最もよくある指摘が、「専従者への給与が働きぶりに見合っておらず、過大である」というものです。
では、もし給与の一部が「過大」だと判断されたら、どうなるのでしょうか。
法人であれば、過大な役員報酬は「損金不算入」として法人の経費にはなりませんが、役員個人の給与所得としての課税はそのまま残ります。
つまり、会社と個人の両方で税負担が発生するわけです。
しかし、青色事業専従者給与の場合は全く異なります。
過大とされた部分は、事業主の必要経費にならないだけでなく、「事業主から専従者への贈与」として扱われます。
これは、国税庁の通達(「青色事業専従者が事業から給与の支給を受けた場合の贈与税の取扱いについて」)でも明確に示されています。
この取扱いの結果、非常に重要なポイントが生まれます。
- 過大とされた部分に対応する源泉所得税は還付される
給与ではなく贈与とみなされるため、給与を前提として天引き・納付していた源泉所得税は、「納め過ぎ」の状態になります。
そのため、税務調査で給与が否認された場合、その部分の源泉所得税は還付請求ができるのです(国税通則法第74条)。
これは実務上、非常に大きな違いです。法人の役員報酬のケースと混同しないよう、正確に理解しておく必要があります。
【盲点②】現物給与の意外な落とし穴と「家事費」の考え方
食事の提供や社宅の貸与といった「現物給与」も、税務調査では論点になりがちです。
では、専従者に対して提供した現物給与が、税務調査で給与として認められなかった場合はどうなるのでしょうか。
これも「過大給与」として贈与税の対象になるのでしょうか?
実務的な取扱いとしては、専門誌『速報税理』(2014.2.11号)によれば「事業主の自家消費」として処理されることが多いとされています。
青色事業専従者は事業主と生計を一にする親族であるから~現物給与相当額を自家消費額として事業主の事業に係る収入金額に加算することになる~敢えて給与の額として処理するまでもなく、事業主の家事費の範囲内として処理すれば足りることになる。
つまり、専従者への現物給与という形ではなく、「そもそも事業主とその家族の生活費(家事費)の一部を、事業の経費で支払っていた」と整理されるのです。
結果として、専従者給与を追徴課税するのではなく、事業主の必要経費が否認される(家事費として扱われる)だけで処理が完結するケースが多いようです。
これも、事業主と専従者が「生計を一にする」という特殊な関係性から生じる、個人事業ならではの取扱いと言えるでしょう。
【盲点③】「届出忘れ」と「過大」は全く別物!
次に、給与額は適正であるものの、うっかり「青色事業専従者給与に関する届出書」の提出を忘れていた、あるいは期限に間に合わなかった、というケースを考えてみましょう。
この場合、支払った給与は必要経費にはなりません。しかし、これは【盲点①】の「過大」ケースとは全く異なる処理がなされます。
結論から言うと、届出忘れの場合は、贈与税の対象にはなりません。
根拠となるのは、所得税法第56条の規定です。この条文は、青色申告の特例を使わない場合の、親族への給与の原則的な取扱いを定めています。
(要約)生計を一にする親族へ支払った対価は、事業主の必要経費には算入しない。そして、その対価は、親族の所得金額の計算上「ないものとみなす」。
「ないものとみなす」というのが最大のポイントです。
つまり、事業主の経費にならない代わりに、専従者側でも給与所得として認識する必要がない、ということです。
したがって、
- 事業主側:必要経費不算入
- 専従者側:給与所得は発生しない(贈与税もかからない)
- 源泉所得税:給与所得がないため、納付済みのものは還付の対象となる
という整理になります。
「過大」の場合は贈与の問題が発生しましたが、「届出忘れ」の場合は、単に「事業主と家族の間でのお金の移動」とみなされ、所得計算上は何もなかったことになる、とイメージすると分かりやすいでしょう。
【盲点④】都合よく経費計上を取りやめる「自己否認」は認められない
最後に、経営者が陥りがちな思考について触れておきます。
それは、「今年は妻の所得が思ったより増えそうだから、専従者給与を経費に入れるのをやめて、配偶者控除を受けよう」といった、いわゆる「自己否認」です。
結論として、このような自己否認は一切認められません。
所得税の質疑応答集にも、以下のように明確に記載されています。
青色事業専従者の額が労務の対価として適正であると認められる限り、その支払金額を事業所得の金額の計算上、必要経費に算入することとなるので、支払った金額を決算時に自己否認することは認められません。
実際に、過去の裁決例(昭和60年10月23日裁決)でも、納税者が専従者給与を自己否認して配偶者控除を適用しようとしたケースで、その主張は退けられています。
適正な対価として給与を支払った事実がある以上、それは事業主にとっては必要経費となり、専従者にとっては給与所得となります。
この関係性を、後から都合よく変更することはできないのです。
もし、適正な専従者給与を支払っているにもかかわらず、必要経費に算入せずに申告してしまった場合は、「自己否認」ではなく「更正の請求」という手続きによって、払い過ぎた税金の還付を求めるのが正しい処理となります。
まとめ:正しい知識が、あなたの事業と家族を守る
今回は、青色事業専従者給与に関する税務調査の盲点について解説しました。
最後に、重要なポイントをもう一度整理します。
- ポイント1:給与が「過大」な場合
- → 超える部分は贈与扱い。源泉所得税は還付される。
- ポイント2:現物給与が否認された場合
- → 事業主の家事費として処理される実務が多い。
- ポイント3:給与は適正だが「届出忘れ」の場合
- → 専従者の所得は「なかったもの」に。贈与税はかからず、源泉所得税は還付。
- ポイント4:適正な給与の「自己否認」
- → 認められない。支払った以上、専従者の給与所得課税は免れない。
このように、青色事業専従者給与は、法人の役員報酬とは全く異なる、複雑な税務上のルールの上に成り立っています。
一つの事実関係の違いが、全く異なる課税関係を生むこともあります。
税務調査の連絡があってから慌てるのではなく、日頃から正しいルールを理解し、適切な経理処理を行うことが何よりも重要です。
もし、ご自身の状況に少しでも不安を感じる点があれば、税務調査が入る前に、ぜひ一度専門家にご相談ください。