福利厚生費はどこまでOK?税務調査で給与と認定されないための境界線

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。
従業員の満足度を高め、組織の一体感を醸成するために、福利厚生の充実は経営者にとって重要な課題です。
しかし、その福利厚生費が税務調査で「給与」と認定され、思わぬ追徴課税を受けてしまうケースが後を絶ちません。
「従業員のために良かれと思ってやったのに…」
そんな事態を避けるためには、福利厚生費と給与、あるいは交際費との境界線を正しく理解しておくことが不可欠です。
この記事では、実際の判例や裁決例をもとに、税務署が福利厚生費をどのように判断するのか、その具体的な基準と対策を徹底解説します。
福利厚生費か給与か?税務署が注目する2つの大原則
税務調査において、福利厚生費が給与と認定されないためには、主に2つの大きな原則をクリアする必要があります。
- 公平性
全ての役員・従業員を対象とし、かつ公平な取り扱いがされているか。 - 金額の妥当性
支出する金額が、社会通念上「少額」と言える範囲に収まっているか。
この2つの原則は、福利厚生費を検討する上での大前提となります。
税務署は、この基準に照らし合わせて、その支出が「全従業員のためのもの」なのか、「特定の個人への経済的利益の供与(=給与)」なのかを判断するのです。
以下、具体的なケースを見ながら、この原則が実務上どのように適用されるのかを深掘りしていきましょう。
「役員だけ」は通用しない?公平性の厳しい現実【がん健診の裁決例】
福利厚生の公平性を考える上で、非常に示唆に富むのが「役員のみを対象としたがん健診」に関する裁決例です。
経営者は「会社の重要な意思決定を担う役員のリスク管理は、経営そのものに直結する。だから、役員に手厚い健康診断を受けさせるのは当然だ」と考えるかもしれません。
しかし、税務の世界ではその理屈は通用しませんでした。
令和1年5月30日裁決(要旨)
会社が役員のみを対象として行った「がん健診」の費用は、福利厚生費ではなく役員への給与に該当すると判断された。会社側は「リスクマネジメントの観点から必要」と主張したが、裁判所は「希望する従業員が全て健診を受けられる」という公平性の観点から判断すべきであり、会社の主張は結論を左右しない、とした。
この裁決が示すのは、税務上の公平性は「職責の差」を基本的に考慮しないという厳しい現実です。
たとえ経営上の合理的な理由があったとしても、「全従業員が等しく受けられる機会があるか」という形式的な公平性が優先されます。
もちろん、生命保険料のように、役職によって保障額が変わる「垂直的公平」が認められているものも一部には存在しますが、それらは例外的なケースと捉えるべきでしょう。
福利厚生制度を設計する際は、原則として「完全な公平性」、つまり、役職や雇用形態に関わらず、全ての従業員が同じ条件で利用できるか、という視点を忘れてはなりません。
自由すぎる社員旅行は「私的旅行の補助」?事業性の壁
公平性の原則をクリアしていても、次に問われるのがその「事業性」です。特に社員旅行では、この点が厳しく見られます。
「全従業員を対象に、会社負担で旅行を実施しているのだから問題ないだろう」と考えるのは早計です。以下の判例を見てみましょう。
福岡地裁平成21年2月19日判決(要旨)
従業員が旅行の目的地や行程を自由に計画できる社員旅行について、裁判所は「実質的には各従業員による私的旅行と異ならない」とし、会社が負担した費用を福利厚生費ではなく給与と認定した。このケースでは、従業員の参加割合が50%に満たなかったことも指摘されている。
この判例のポイントは、会社が費用を負担していても、その実態が従業員のプライベートな旅行への補助と変わらないと判断された点です。
会社が福利厚生として認めてもらうためには、それが会社の業務の一環、あるいは従業員への慰安という会社主導の行事であることを明確にする必要があります。
ここから得られる教訓は、従業員に選択の自由を与えすぎると、福利厚生としての性格が薄れてしまうということです。
行き先や日程を従業員に自由に決めさせるのではなく、会社として慰安や研修の目的を持った企画であることを、客観的に説明できるようにしておくことが重要です。
絶対NG!慰安旅行で「不参加者に現金を渡す」と全員が給与課税に
社員旅行や慰安旅行を企画する際、実務上よく問題になるのが「不参加者への対応」です。
都合で参加できない従業員に対して、「不公平にならないように」と現金を支給するケースがありますが、これは税務上、最悪の結果を招きます。
結論から言うと、不参加者に旅行代金の代わりとして現金を支給した場合、その旅行に参加した者も含め、全社員が給与として課税されることになります。
慰安旅行の不参加者に対する現金支給
役員又は使用人のために行うレクリエーションとしての旅行であっても、その参加に代えて現金を支給するような場合には、その旅行に参加した者に対しても不参加者に支給された金銭の額をもって課税されることとなっています。この取扱いは、正社員でもパートタイマーでも変わりありません。(冨永 賢一「源泉所得税 現物給与をめぐる税務 令和4年版」P480より)
これは非常に厳しい取り扱いです。良かれと思って行った現金支給が、参加者全員の給与課税につながってしまうのです。
慰安旅行が福利厚生費として認められるためには、参加率がパートやアルバイトを含めた全従業員の50%以上である必要があり、かつ不参加者への現金支給は絶対に行わない、ということを徹底してください。
金額はいくらまで?「少額」の基準とカフェテリアプランの考え方
福利厚生費のもう一つの原則、「金額の妥当性」についてです。
いくらまでなら「少額」と言えるのか、という点ですが、実は社員旅行における「一人当たり10万円程度」という目安以外に、明確な基準は存在しません。
基本的には社会通念、つまり世間一般の常識に照らして判断されます。
ただし、ここでも大原則があります。それは、金銭そのものを交付すれば、金額の多寡を問わず給与になるということです。
この「金銭の交付」とどう違うのか、という観点で参考になるのが「カフェテリアプラン」に関する裁決例です。
令和2年1月20日裁決(要旨)
ある会社のカフェテリアプラン(従業員が付与されたポイントを使って福利厚生メニューを選択できる制度)について、一部に財形貯蓄補助金という換金可能なメニューが含まれていたが、プラン全体が換金性のあるものとは認められず、人間ドックなど他のメニューの利用は給与に当たらないと判断された。ポイント自体を現金化できるわけではない点が重視された。
この裁決は、従業員に選択肢を与えつつも、それが直接的な金銭の交付とは異なる形(ポイント付与)であれば、福利厚生として認められる可能性を示しています。
福利厚生制度を設計する上で非常に参考になる考え方です。
また、金額の判断は「1回の行為ごと」に行われる点にも注意が必要です。
例えば、「毎年10万円の旅行を実施する代わりに、3年に1度、30万円の豪華な旅行を実施する」という場合です。
会社としては3年分をまとめただけで総額は変わらない、と主張したいところですが、税務上は「1回30万円の旅行」として判断され、高額であるとして給与課税されるリスクが非常に高くなります。
【最新トレンド】高額でも認められる?「非日常的な体験」という新たな切り口
ここまで福利厚生費に対する厳しい判断基準を解説してきましたが、近年、少し風向きが変わる可能性を示す重要な判例が出ています。
福岡地裁平成29年4月25日判決(要旨)
会社の経営再建を乗り越えた従業員への感謝と慰労、一体感の醸成を目的として行われたイベント(支出総額2,000万円超、1人当たり約28,000円)について、その費用が福利厚生費として認められた。判決では、従業員に**「非日常的な体験」**を共有させることが、労働意欲の向上に有効・必要であるとされた。
ポイントは、単なる慰安旅行ではなく、「従業員に感謝を伝え、一体感を醸成するために、非日常的な体験を共有してもらう」という明確な経営上の目的があった点です。
その目的を達成するためであれば、社会通念上一般的とされる金額を多少超えたとしても、福利厚生費として認められる余地があることを示唆しています。
もし、税務調査で自社の福利厚生費が高額であると指摘された場合、この判例を基に、「なぜこの行事が必要だったのか」「この行事を通じて従業員にどのような効果(非日常体験、一体感の醸成など)をもたらしたかったのか」を具体的に主張する準備をしておくとよいでしょう。
まとめ
福利厚生費が税務調査で否認されないためには、以下のポイントを常に意識することが重要です。
- 公平性
役職や雇用形態に関わらず、全従業員が利用できるか。 - 事業性
会社が主導する行事であり、私的旅行への補助ではないか。 - 現金支給の禁止
不参加者への現金支給は絶対に避ける。 - 金額の妥当性
1回の行為として社会通念上、高額すぎないか。 - 目的の明確化
なぜその福利厚生が必要なのか、経営上の目的を説明できるようにしておく。
福利厚生は、従業員のエンゲージメントを高めるための有効な投資です。
しかし、その効果を最大化するためにも、税務上のリスク管理は欠かせません。
今回ご紹介した判例や裁決例を参考に、自社の福利厚生制度を今一度見直し、税務調査で自信を持って説明できる盤石な体制を築いていきましょう。
もし判断に迷うことがあれば、ぜひ当事務所までお気軽にご相談ください。