節税対策で海外へ移住?日本の不動産を活用した資産防衛スキーム

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週水曜日に、経営者なら知っておきたい「節税対策」についての知識を解説しています。
事業が軌道に乗り、会社の将来像を描く中で、多くの経営者が直面するのが「事業承継」と「相続税」の問題です。
特に、ご自身で築き上げてきた資産を、いかにして次世代に円滑に引き継ぐかは、経営の最終章における最重要課題と言えるでしょう。
「将来、海外への移住も選択肢の一つとして考えている」
「国内の不動産資産にかかる将来の相続税が心配だ」
もし、あなたがこのように感じているのであれば、今回ご紹介する「海外資産管理会社を活用した不動産譲渡スキーム」は、非常に有効な選択肢となるかもしれません。
これは、単なる節税テクニックではありません。グローバルな視点で資産を最適化し、将来のリスクをコントロールするための戦略的アプローチです。
本記事では、数多くの企業の資産防衛に携わってきた税理士の視点から、このスキームの全貌と、実行する上での最重要ポイントを具体的に解説していきます。
スキームの全体像:海外資産管理会社へ日本の不動産を譲渡する流れ
まずは、このスキームがどのようなものか、全体像を把握しましょう。
登場人物は「日本在住の不動産オーナー(あなた)」と「海外に設立する資産管理会社」です。
手続きの流れは、以下の3ステップで構成されます。
- 海外(例:アメリカ)へ移住する
- オーナーご自身が生活の拠点を日本から海外へ移します。
- 移住先で資産管理会社を設立する
- 現地の法律に基づき、ご自身の資産を管理・運用するための法人を設立します。
- 日本で所有していた不動産を、設立した資産管理会社へ売却する
- 個人として所有していた日本の不動産を、時価でご自身の海外法人へ売却します。
このステップを踏むことで、不動産の所有権が「個人」から「海外法人」へと移転します。
一見すると複雑に思えるかもしれませんが、この「所有権の移転」こそが、将来の税務戦略において極めて重要な意味を持つのです。
税金への影響①:不動産売却時と法人運営時の税金
所有権を法人に移す過程で、当然ながら税金が発生します。
具体的にどのタイミングで、どのような税金がかかるのかを正しく理解しておくことが重要です。
個人の所得税:不動産の売却益に対する課税
まず、あなたが個人として所有していた日本の不動産を、ご自身の海外法人へ売却する際、その売却益に対して日本で所得税が課税されます。
ポイントは、たとえあなたが海外に移住していたとしても、不動産が日本国内にあるため、その売却から生じる所得は「国内源泉所得」とみなされる点です。
これにより、他の所得とは合算せず、不動産の売却益だけを分けて税額を計算する「分離課税」の対象として、日本で確定申告を行う必要があります。
法人の法人税:不動産の賃貸収入に対する課税
不動産の所有権が海外の資産管理会社へ移った後も、その不動産から得られる家賃収入(賃貸収入)は、日本国内で発生する所得です。
したがって、資産管理会社は、この賃貸収入について日本で法人税の申告・納税を行う必要があります。
海外法人だからといって、日本の税金が一切かからなくなるわけではない、という点を押さえておきましょう。
税金への影響②:【本丸】将来の相続税はこう変わる
このスキームの最大の目的であり、最も劇的な効果が期待できるのが「相続税対策」です。
個人の資産を法人に移すことで、相続の対象となる財産そのものの性質が変化します。
原則:不動産そのものは日本の相続税対象から外れる
あなたが亡くなった際、相続が発生します。
しかし、このスキームを実行した後では、日本の不動産はすでにあなたの個人資産ではなく、海外法人の所有物となっています。
そのため、不動産そのものが日本の相続税の課税対象になることは、原則としてありません。これが、このアプローチの根幹をなす非常に大きなメリットです。
重要分岐点:国外居住期間「10年」の壁
では、相続税は完全にかからなくなるのでしょうか?答えは「ノー」です。
不動産の代わりに、あなたが所有している「海外資産管理会社の株式」が相続財産となります。
この株式が日本の相続税の対象になるかどうかは、あなたの「国外居住期間」によって結論が大きく異なります。
ケース1:オーナーの国外居住期間が10年以内の場合
もし、あなたが亡くなった時点での国外居住期間が10年以内であった場合、あなたはまだ日本の税法上、完全に非居住者とは扱われません。
そのため、海外資産である資産管理会社の株式も、日本の相続税の課税対象となります。
ケース2:オーナーの国外居住期間が10年を超える場合
一方、あなたが国外に居住して10年を超えると、税法上のステータスが「制限納税義務者」へと完全に移行します。
この状態になると、原則として日本国内にある財産のみが日本の相続税の対象となります。
つまり、海外資産である資産管理会社の株式は、日本の相続税の課税対象から外れることになるのです。
これにより、次世代への資産承継にかかる税負担を大幅に、あるいはゼロに近づけることが可能になります。
【最重要注意点】「租税回避」と認定される最大のリスク
ここまで読むと、非常に魅力的なスキームに思えるかもしれませんが、この手法には看過できない重大なリスクが伴います。
それは、税務当局から「単なる租税回避行為である」とみなされるリスクです。
もし、設立した海外の資産管理会社が、不動産を所有しているだけの、いわゆる「ペーパーカンパニー」だと判断された場合、このスキーム自体が否認される可能性があります。
そうならないために、絶対にクリアしなければならない条件があります。それは、「資産管理会社が実体のある事業を行っていること」です。
- 積極的な不動産管理・運営を行っているか?
- 他の投資活動など、資産管理・運用事業を能動的に行っているか?
- 事務所や従業員など、事業実態を示す要素は存在するか?
これらの点を客観的に証明できなければ、「税金逃れのために会社という”箱”を作っただけ」と見なされかねません。
この「実体性」の判断は非常に専門的かつ複雑であり、個別の状況によって大きく異なります。
安易な自己判断は、将来的に大きな追徴課税という形で跳ね返ってくる危険性があります。
まとめ:専門家と共に描く、グローバルな資産防衛戦略
今回ご紹介した「海外資産管理会社への不動産譲渡スキーム」は、海外移住を視野に入れている経営者にとって、日本の資産を活用した極めてパワフルな相続税対策となり得ます。
特に、国外居住期間が10年を超えることで、海外法人の株式が日本の相続税の対象外となる点は、資産承継を考える上で非常に大きなインパクトを持ちます。
しかし、その一方で「租税回避行為」と認定されるリスクは常に念頭に置かなければなりません。
資産管理会社に事業実体を持たせ、法的にクリーンな形でスキームを構築・維持していくには、国際税務に関する深い知見と、実務経験に裏打ちされた戦略が不可欠です。
このスキームの導入を少しでも検討される場合は、必ず実行前に専門家へご相談ください。
あなたの資産状況、家族構成、そして将来のビジョンを丁寧にお伺いした上で、最適な資産防衛の形を共に描き出すことが、私たちの使命です。
ご自身のケースでこのスキームが有効かどうか、どのような点に注意すべきか。少しでも疑問や不安な点がございましたら、ぜひ一度、当事務所までお気軽にお問い合わせください。