経営者保証に依存しない新しい融資手法の実践ガイド

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週金曜日に、経営者なら知っておきたい「銀行融資」についての知識を解説しています。
近年、経営者保証に依存しない融資手法が徐々に普及してきており、特に経営者保証を外したいと考える中堅・中小企業の注目を集めています。
経営者の個人保証は大きな負担要素の一つであるため、経営者保証なしで融資を受けられるようになれば、リスク分散のみならず経営の自由度向上にもつながります。
とはいえ、「実際にはどのような方法があるのか」「具体的な導入の流れや注意点は?」といった疑問を感じる経営者の方も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、実務的な視点から「経営者保証に依存しない融資手法」として代表的な4つの選択肢を紹介します。
いずれもすでに日本国内のメガバンクや地方銀行、信用保証協会などで具体的な導入事例があり、一定の成果が報告されています。
自社の事業規模や業種、財務状況に応じて活用可能な方法ですので、ぜひ参考にしてみてください。
コベナンツ(財務制限条項)を活用した融資
まずは「コベナンツ(財務制限条項)」を利用する融資形態について解説します。
コベナンツとは、融資契約に付される特約条項のことで、あらかじめ設定した財務指標を一定水準以上に維持できる場合に限り、経営者保証が不要になる、もしくは解除されるという仕組みを指します。
欧米では一般的な手法ですが、日本では数年前からメガバンクや地方銀行が徐々に取り入れ始め、中堅企業(年商30億円以上)の活用事例が増加中です。
コベナンツの基本的な仕組み
コベナンツを設定することで、金融機関は「企業が一定の経営水準を維持できる」という客観的な裏付けを得る代わりに、経営者個人の保証を求めなくて済むようになります。
たとえば以下のような数値目標を設定するケースが一般的です。
- 売上高経常利益率を3%以上に維持
企業の収益力を示す指標として、一定以上の利益率を維持しているかをチェックします。 - 自己資本比率を35%以上に維持
財務基盤の安定性を確認するために、自己資本比率が一定以上であるかどうかを重視します。 - インタレストカバレッジレシオを3倍以上に維持
金利支払い能力の高さを測る指標として設定されることが多いです。
コベナンツは企業が違反した際(=設定した水準を下回った際)の対応策も事前に定めるため、金融機関にとっては経営者保証を外しても「貸し倒れリスクが急激に増大しにくい」という安心感があります。
実務での注意点
コベナンツを導入する場合、以下のようなポイントを事前に整理しておくとスムーズです。
- 定期的なモニタリング体制の構築
財務指標を管理し、達成度合いを随時報告する必要があります。社内の経理・財務部門との連携が欠かせません。 - 抵触時の対応策の事前検討
万が一指標を下回った場合、追加融資や他の担保提供、あるいは金利引き上げなど、対処方法をあらかじめ合意しておく必要があります。 - 銀行との密接なコミュニケーション
数値目標の設定や報告タイミングの調整など、金融機関と情報交換を密に行い、信頼関係を構築しておくことが重要です。
企業側のポイント
- 達成可能な数値目標の設定
高すぎる数値目標を掲げると早期に抵触リスクが高まり、逆に金融機関の信用を損ねかねません。
自社のビジネスモデルや成長率を見極めた上で、現実的にクリアできる指標を設定することが重要です。 - 業界特性を考慮した条件交渉
景気によって変動しやすい業種や、利益率が低くなりがちな業界では、業種の平均値や現実的な収益状況を踏まえてコベナンツを設計する必要があります。 - 定期的な報告体制の整備
コベナンツの数値を定期報告する際には、試算表や月次決算の報告を迅速かつ正確に行う体制が欠かせません。
ABL(動産・売掛金担保融資)の活用
次に紹介するのが、在庫や売掛金、機械設備などを担保に資金を借りる「ABL(Asset Based Lending)」です。
これは不動産担保や経営者個人の保証に依存しない融資手法として注目されており、特に製造業や卸売業といった在庫や売掛金が大きな比率を占めるビジネスモデルの企業で活用が進んでいます。
ABLの基本的な仕組み
ABLでは、以下のような事業資産が担保として評価されることが多いです。
- 売掛債権(一般的には評価率70~80%程度)
- 在庫(評価率50~70%程度)
- 機械設備などの事業用資産
金融機関は、担保となる資産の価値を定期的に再評価しながら、融資枠を柔軟に変更していきます。
売掛金や在庫は企業の事業活動により日々増減するため、これらの変動を踏まえたモニタリング体制が必要になる点が大きな特徴です。
メリットとデメリット
- メリット
- 経営者保証の軽減・解除が可能
- 不動産担保がなくても、事業資産を活用して融資を受けられる
- 企業の事業規模や売上増加に応じて融資枠を拡大しやすい
- デメリット
- 担保資産の管理やモニタリングにコスト・手間がかかる
- 在庫や売掛金などの資産価値が落ちた場合、融資枠が減額される可能性がある
- 手数料や評価費用が追加で発生する場合がある
実践的な活用に向けて
ABLを導入するときに意識したいのは、以下のような準備と運用上の注意点です。
- 在庫管理システムの整備
在庫の数量や回転率などを正確に把握できるシステムが必要になります。
棚卸の頻度や管理精度も高めることが求められます。 - 売掛金管理の厳格化
売掛先の与信管理や回収体制をきちんと整えておかないと、実際の債権価値が想定を下回った際に融資枠にも影響が出ることがあります。 - 担保資産の適切な管理
倉庫や保管場所の環境整備、安全対策なども大切です。
担保資産の毀損リスクが高いと評価されると、金融機関は融資額を抑える可能性があります。
金利の設定方法
経営者保証を外して融資を受ける場合、金融機関は保証リスクの代替手段として、金利の上乗せを求めることがあります。
ただし、近年は銀行間での競争が激化していることもあり、必ずしも大幅な金利引き上げが行われるわけではありません。
ここでは金利設定の基本的な考え方と交渉ポイントを整理します。
金利上乗せの一般的な水準
- 通常金利 + 0.3~0.5%程度が一つの目安
- 企業の財務内容や業界の動向、取引実績などによって変化
- コベナンツやABL、あるいは保証協会の活用などを組み合わせると、金利上乗せ幅が抑えられるケースもある
金利設定の判断要素
- 財務内容
自己資本比率やキャッシュフロー状況など、企業の安定性を判断する材料が多いほど、金利は低めに設定されやすくなります。 - 担保・保証の状況
個人保証を外す一方で、不動産担保や動産担保(ABL)を組み合わせる場合は、金利上乗せが比較的抑えられることがあります。 - 取引実績
銀行との取引期間が長く、預金残高や資金移動などで貢献度が高い企業は優遇を受けやすいです。
実務上の交渉ポイント
- 財務内容の改善による金利上乗せの抑制
コベナンツ同様、財務指標の改善計画やビジネスモデルの将来性を示すことで、金融機関を納得させられます。 - 段階的な金利設定の導入
目標とする財務指標に達したら金利を引き下げる、あるいは取引実績が一定の水準を超えたら優遇措置を適用するなど、段階的に金利を変動させる方法も検討可能です。 - 情報開示とコミュニケーション
経営計画や業績、将来の資金需要などを積極的に開示し、銀行の理解を得ることで、金利優遇や上乗せ幅の軽減につなげられます。
保証協会の活用
信用保証協会の制度を活用することも、経営者保証を外す有力な選択肢の一つです。
2018年度からは「経営者保証免除特例制度」が導入され、一定の要件を満たす中小企業に対して、経営者保証なしで保証を受けられるようになりました。
従来は保証協会付き融資であっても経営者保証が原則必要でしたが、この制度により保証協会自体も「経営者保証に依存しない融資促進」に大きく舵を切っています。
保証協会による保証制度の概要
- 経営者保証免除特例制度
保証協会が設定する一定の要件(財務内容や事業継続の見通しなど)を満たす企業は、個人保証なしでも保証協会の保証を受けられます。 - 対象要件
純資産状況や返済実績などが考慮されます。具体的な基準は協会や各金融機関ごとに微調整があるため、事前に確認が必要です。 - メリット・デメリット
- メリット:経営者個人の保証リスクが減る
- デメリット:通常の保証料よりもやや高めの料率が設定される
実践的な活用方法
保証協会を利用する場合、申し込みの手続きや審査の過程で求められる書類が多いため、以下の点を念入りに準備しておくと良いでしょう。
- 申込時の準備
最新の財務諸表や税務申告書、事業計画書などを整備し、財務内容を適切に開示することが大切です。 - 経営体制の整備
経営者のリーダーシップや後継体制なども審査の際にチェックされる場合があります。
社内のガバナンス体制をしっかり整えている企業ほど有利です。 - 保証料率への対応
若干高めの保証料率が設定されるケースもあります。
そのため、総コストとしての妥当性を検討し、金融機関と相談しながら最適な融資枠を決定します。
まとめ:融資手法選択のポイント
経営者保証に代わる融資手法は多様化しており、状況に応じて選択・組み合わせが可能です。
今回ご紹介した4つの方法は、それぞれ以下のような特徴があります。
- コベナンツ(財務制限条項)
- 財務指標という客観的な基準で経営者保証を解除できる仕組み
- 特に業績好調な中堅企業での活用に適しており、モニタリングが重要
- 達成可能な数値目標の設定と事前の対策がカギ
- ABL(動産・売掛金担保融資)
- 不動産以外の事業資産を担保として融資を受ける手法
- 在庫や売掛金管理の体制整備が必要になる
- 製造業や卸売業など在庫・売掛金が多い企業に向いている
- 金利上乗せ
- 経営者保証を外す代わりに、リスク相応の金利上乗せを求められる可能性がある
- 近年は銀行間競争の影響で上乗せ幅が抑えられるケースもある
- 金利引き下げの条件交渉や段階的な金利設定など、企業の努力次第で抑制しやすい
- 保証協会の活用
- 「経営者保証免除特例制度」によって個人保証なしの融資が可能
- 保証料率は若干高めだが、中小企業にとっては標準的で安定感のある選択肢
- 申請手続きや審査に必要な書類が多いが、整備さえすれば利用しやすい
これらの手法はいずれも単独で利用するだけでなく、複数を組み合わせることによって融資条件をさらに柔軟にすることもできます。
たとえばコベナンツを設定したうえでABLを導入し、さらに保証協会の一部保証を活用するといった形です。
自社の事業規模・業種・財務状況を踏まえ、最適な組み合わせを検討してみてください。
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