相続時精算課税制度は、本当に経営者の節税対策になるのか?

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。
毎週水曜日に、経営者なら知っておきたい「節税対策」についての知識を解説しています。
日本の相続税について、「3代で財産がなくなる」という言葉を聞いたことがある経営者の方も多いのではないでしょうか。
確かに、最高税率が55%と聞くと、せっかく築き上げた財産が相続のたびに大きく目減りしてしまうのではないかと不安になるかもしれません。
しかし、この言葉は必ずしも正確ではありません。相続税の仕組みを正しく理解し、適切な対策を講じることで、大切な財産を次世代へスムーズに引き継ぐことは十分に可能です。
本記事では、中小企業の経営者の皆様に向けて、相続税の基本的な考え方から、最も有効な対策の一つである「生前贈与」の具体的な方法、そして2024年から改正された制度の選択肢まで、コンサルタントとしての実務経験に基づき、分かりやすく解説していきます。
なぜ「3代で財産がなくなる」と言われるのか?相続税の基本と誤解
まず、相続税の基本的な仕組みと、よくある誤解について整理しましょう。
相続税率「最高55%」のインパクト
現行の相続税率が最高55%であることは事実です。単純計算すれば、相続を3回繰り返すと財産の大部分が税金として失われる可能性もゼロではありません。
しかし、この55%という税率が適用されるのは、相続財産が6億円を超える部分に対してのみです。それ以下の部分については、段階的に低い税率が適用されます。
例えば、相続財産が10億円の場合でも、実際の相続税額は約2億円程度(相続人の構成によって変動します)となり、財産の半分以上が税金でなくなるというケースは、数十億円を超えるような莫大な資産がない限り、現実的ではありません。
相続税の税率や計算方法について詳しく知りたい方は、国税庁のウェブサイト「No.4155 相続税の税率」をご参照ください。
相続税は実質的な「二重課税」?
経営者の皆様が汗水流して築き上げた財産は、当然ながら所得税や法人税を納めた「後」のものです。
その財産を相続する際に再び課税される相続税は、実質的に「二重課税」ではないか、という指摘があります。
税法上の建前としては、所得税・法人税は「稼いだ本人」に、相続税は「財産を引き継いだ相続人」に課税されるため、課税対象者が異なると説明されます。
しかし、家族という単位で見れば、同じ財産に対して二度課税されていると感じるのも無理はありません。
実際に、世界には相続税が存在しない国も多く、資産家が海外移住を選択するケースも見られます。この点は、日本の相続税負担の重さを示唆していると言えるでしょう。
最も手軽で効果的な相続税対策:「生前贈与」の基本
重い相続税負担を軽減し、より多くの財産を次世代に残すための対策はいくつかありますが、その中でも最も取り組みやすく、効果的な方法が「生前贈与」です。
生前贈与とは?
生前贈与とは、文字通り「生きている間」に、将来相続人となる子供や孫などに財産を贈与(無償で譲り渡すこと)することです。
亡くなった時に相続する財産そのものを、事前に減らしておくことで、将来の相続税負担を軽減する効果が期待できます。
なぜ生前贈与が有効なのか?(一代飛ばし贈与のメリット)
生前贈与が特に効果を発揮するのが、「祖父母から孫へ」といった「一代飛ばし」の贈与です。
通常、親から子、子から孫へと財産が引き継がれる場合、2回の相続が発生し、その都度相続税が課税される可能性があります。
しかし、祖父母から孫へ直接生前贈与を行えば、相続の回数を1回減らすことができます。
たとえ贈与税が課税されたとしても、2回分の相続税を支払うよりトータルでの税負担を抑えられるケースが多いのです。
もし、ご自身の親御さんが健在で、老後の生活資金を十分に確保した上で余剰の財産をお持ちの場合、「子供(つまりご自身)や孫のために生前贈与を検討してほしい」と相談してみることは、現実的かつ有効な相続税対策と言えるでしょう。
その贈与、大丈夫?税務署に否認されない「正しい生前贈与」の方法
相続税対策として有効な生前贈与ですが、やり方を間違えると「贈与したつもり」が認められず、結局、相続財産として課税されてしまうケースが後を絶ちません。
ここでは、税務署に否認されないための「正しい生前贈与」の方法を解説します。
ありがちな「名義預金」の落とし穴
よくある間違いが、親が子供(や孫)のために、子供名義の預金口座を開設し、そこに資金を積み立てていくケースです。
良かれと思ってしていることですが、この場合、その預金通帳や印鑑は、お金を入金している親が管理していることがほとんどではないでしょうか。
親としては「子供の将来のために」「何かあった時のために」という想いで貯めているつもりでも、税務上はこの預金が「名義預金」とみなされ、実質的には親の財産として扱われる可能性が高いのです。
つまり、生前贈与は成立しておらず、相続が発生した際には相続税の課税対象となってしまいます。これでは、せっかくの対策が無駄になってしまいます。
贈与を成立させる3つのポイント
税務署から「名義預金」と指摘されず、生前贈与を確実に成立させるためには、以下の3つのポイントを押さえることが重要です。
- 贈与契約書を作成する
- 「誰から誰へ」「いつ」「何を」「いくら」贈与したのかを明確にする書面を作成します。法律上、贈与は口約束でも成立しますが(これを「諾成契約」といいます)、後々トラブルになったり、税務署に証明したりするためには、書面で残すことが不可欠です。「財産をあげた人」と「財産をもらった人」の双方が贈与の事実を認識し、合意している証拠となります。
- 贈与税の申告をする(贈与税が非課税でも)
- 年間の贈与額が基礎控除額(後述)以下で贈与税がかからない場合でも、あえて贈与税の申告書を提出しておくことをお勧めします。これは、贈与があった事実を税務署に対して公式に示す強力な証拠となります。
- 預金口座の通帳や印鑑を贈与された人(子供や孫)自身が管理する
- 贈与された財産は、もらった人が自由に使える状態にあることが重要です。預金であれば、通帳や印鑑、キャッシュカードなどを子供や孫自身が管理し、実際に引き出したり使ったりできる状態にしておく必要があります。親が管理し続けていると、「名義を借りただけで、実質的には親の財産」と判断されかねません。
親族間での手続きは「面倒だ」と感じるかもしれませんが、税務署は生前贈与を「相続税を不当に減らす行為」ではないかと疑いの目で見ることがあります。
だからこそ、「誰が見ても贈与が成立している」と客観的に証明できる形を整えておくことが、後々のトラブルを避けるために非常に重要なのです。
2024年改正!生前贈与の2つの選択肢:「暦年課税」と「相続時精算課税」
さて、相続税対策として生前贈与を進める上で、現在、大きく2つの制度を選択できるようになっています。
それぞれの特徴を理解し、どちらがご自身にとって有利かを見極めることが重要です。
1. 暦年課税:毎年コツコツ贈与
こちらは従来からある基本的な制度です。
- 年間110万円までの非課税枠
贈与を受ける人(受贈者)1人あたり、年間110万円までの贈与であれば贈与税がかかりません。
例えば、子供3人にそれぞれ110万円ずつ贈与した場合、贈与総額は330万円になりますが、受贈者1人あたりは110万円以下のため、全員非課税となります。 - 死亡前7年以内の贈与は持ち戻し
贈与者が亡くなった場合、死亡日から遡って7年以内に行われた贈与は、相続財産に加算して相続税を計算する必要があります(これを「持ち戻し」といいます)。
つまり、亡くなる直前の駆け込み贈与は相続税対策としては意味がなくなりました(2024年1月1日以降の贈与から、持ち戻し期間が3年から7年に延長されています)。
長期的な視点で、毎年コツコツ贈与していくことが有効です。 - 110万円超の贈与も可能
非課税枠は110万円ですが、これを超える贈与ができないわけではありません。
将来の相続税率が高いと予想される場合、あえて贈与税を支払ってでも、より多くの財産を生前に移転させた方が、トータルの税負担を軽減できるケースがあります。
例えば、1人あたり310万円を贈与すると、贈与税は20万円((310万円-110万円)×10%)かかりますが、実効税率は約6.4%です。
ご自身の相続税率がこれより高いのであれば、贈与税を払ってでも生前贈与を進めるメリットがあると言えます。
2. 相続時精算課税:まとまった額を非課税で贈与(ただし注意点あり)
こちらは比較的新しい制度で、2024年に使い勝手が向上する改正が行われました。
- 最大2,500万円までの特別控除
贈与者(60歳以上の親または祖父母)から受贈者(18歳以上の※子または孫)への贈与について、累計2,500万円までは贈与税がかかりません。
暦年課税のように1年単位ではなく、累計額で考えます。 - 2,500万円超は一律20%
累計2,500万円を超えた部分については、一律20%の贈与税率が適用されます。 - 年間110万円の基礎控除が新設
2024年の改正により、上記の2,500万円の特別控除とは別に、暦年課税と同様の年間110万円の基礎控除が創設されました。
この110万円以下の贈与については、贈与税の申告が不要となり、かつ、相続財産への持ち戻しも不要です。 - 最大の注意点:一度選択すると暦年課税に戻れない
相続時精算課税制度を一度選択すると、その贈与者からの贈与については、二度と暦年課税制度を利用することはできません。
非常に重要な点ですので、慎重な判断が必要です。 - 相続時に精算
この制度を利用して贈与された財産(年間110万円の基礎控除分を除く)は、贈与者が亡くなった際に、相続財産に加算して相続税を計算します。
その際、すでに支払った贈与税があれば、相続税額から控除されます。つまり、生前の贈与税負担を先送りにし、相続時にまとめて精算するイメージです。
経営者はどちらを選ぶべき?「暦年課税」vs「相続時精算課税」メリット・デメリット比較
では、経営者の皆様にとって、「暦年課税」と「相続時精算課税」のどちらが有利なのでしょうか。
それぞれのメリット・デメリットを踏まえて考えてみましょう。
相続時精算課税が有利になるケース
一般的に、相続時精算課税を選択した方が明確に有利になるのは、将来の相続税が「基礎控除」の範囲内に収まる可能性が高い人です。
相続税の基礎控除額は「3,000万円+(600万円×法定相続人の数)」で計算されます。
例えば、法定相続人が配偶者と子供2人の計3人であれば、基礎控除額は 3,000万円+(600万円×3)=4,800万円 となります。
この場合、亡くなった時点での相続財産が4,800万円以下であれば、相続税はかかりません。
このようなケースでは、生前に相続時精算課税制度を使って贈与しても、相続時の持ち戻しは発生しますが、基礎控除の範囲内であれば結果的に相続税はゼロのままです。
つまり、生前に無税(または低い税率)で財産を移転できるメリットだけを享受できることになります。
年間110万円の基礎控除の創設により、少額の贈与であれば相続財産への加算も不要となり、さらに使いやすくなりました。
経営者が暦年課税を選ぶべき理由(原則)
しかし、多くの中小企業経営者の場合、自社株式や不動産などを含めると、相続財産が基礎控除額を超えるケースが多いのではないでしょうか。
相続財産が基礎控除額を超え、相続税が発生する可能性が高い場合は、原則として「暦年課税」を選択し、毎年110万円の非課税枠を活用しながら長期的に贈与を進める方が有利になることが多いでしょう。
なぜなら、暦年課税で贈与した財産は(死亡前7年以内の持ち戻しを除き)、相続財産から切り離すことができるため、将来の相続財産そのものを減らす効果が高いからです。
一方、相続時精算課税は、あくまで「相続時に精算する」制度であり、年間110万円の基礎控除部分を除けば、贈与した財産が最終的に相続税の課税対象から外れるわけではありません。
例外:経営者が相続時精算課税を検討すべきケース
ただし、経営者であっても、以下のような特定の状況下では、相続時精算課税の活用が有効な選択肢となり得ます。
- 事業承継を円滑に進めたい場合
例えば、後継者と決めた子供(三男など)に、会社の株式を生前に集中して移したい場合です。
相続が発生すると、原則として株式は法定相続分に応じて分割されてしまい、後継者が経営権を確保できなくなるリスクがあります。
生前贈与であれば、特定の相続人に集中的に財産(株式)を贈与できるため、相続時精算課税を活用して早期に株式を移転させることは、円滑な事業承継と「争続」対策に繋がります。 - 株価が一時的に下がっているタイミング
会社の業績が悪化したり、役員退職金の支払いなどで一時的に純資産が減少し、株価が下がっているタイミングは、株式贈与の好機です。
低い株価で相続時精算課税制度を利用して一気に株式を贈与すれば、少ない贈与税負担(または非課税枠内)で、将来価値が上がる可能性のある株式を後継者に移転できます。
まとめ:専門家への相談が最適な相続対策への第一歩
ここまで、相続税対策としての生前贈与の重要性、正しい方法、そして「暦年課税」と「相続時精算課税」という2つの制度について解説してきました。
どちらの制度を選択すべきかは、個々の資産状況、家族構成、事業承継の意向などによって大きく異なります。特に経営者の場合、自社株式の評価という複雑な要素も絡んできます。
「自分の場合はどちらが有利なのだろうか?」「自社株の評価額はいくらくらいになるのか?」といった疑問をお持ちの場合は、ぜひ顧問税理士などの専門家にご相談ください。簡易的なシミュレーションを行うだけでも、取るべき対策の方向性が見えてくるはずです。
早めに対策を検討し、計画的に実行していくことが、大切な会社と財産を円満に次世代へ引き継ぐための鍵となります。本記事が、皆様の相続対策の一助となれば幸いです。