税務調査と従業員不正:3つの税務リスクと会社を守る対策

皆さんこんにちは。クラウド会計で経営支援を提供する千葉の税理士、中川祐輔です。

毎週月曜日に、経営者なら知っておきたい「税務調査」についての知識を解説しています。

税務調査の現場で時折直面する「従業員の不正」という問題があります。

従業員による金銭の横領、商品の不正な持ち出し、取引先との間での不正なリベートの受領など、その手口は様々ですが、

税務調査でこれらの不正が発覚した場合、税務署から指摘される可能性のある主なポイントは、概ね以下の3点に集約されます。

  1. 従業員が不正に得た利益の帰属の問題(法人に帰属するのか、個人に帰属するのか)
  2. 法人から従業員に対する損害賠償請求権の認識と益金計上の要否
  3. 隠蔽や仮装行為があったと認定された場合の重加算税の賦課リスク

社長としては、従業員の不正行為により被害を受けている立場であるにもかかわらず、

税務上は追徴課税や重加算税といった更なる負担を強いられる可能性があり、非常に厳しい状況に置かれることも少なくありません。

本記事では、このような従業員不正が税務調査で発覚した場合に、最低限押さえておくべき税務上のポイントと、その基本的な考え方についてご説明いたします。

不正で得たお金は、結局誰の儲け?「所得の持ち主」を見抜くカギ

従業員の不正が税務調査で分かった時、真っ先にハッキリさせなければいけないのは、

「その不正で生まれた儲けが、会社のものになるのか、それとも不正をした従業員個人のものになるのか」という点です。

これがなぜ重要かというと、もし「従業員個人の儲けだ」と認められれば、会社のお金として税金を計算する必要がなくなるからです。

そうなれば、後でお話しする「損害賠償請求権を利益として計上する」とか、「会社に重加算税がかかる」といった話も、基本的には出てこなくなります。

ですから、この「所得の持ち主」が誰か、というのは、税務調査の対応における最初の大きな分かれ道です。

では、税務署はどんなところを見て判断するのでしょうか?

従業員の不正で得たお金が誰のものかを考える上で、主なチェックポイントをいくつかご紹介します。

  • 会社の仕事と関係があったか?
    会社の仕事とは全く関係ない、従業員の個人的な活動で得たお金なら、従業員個人のものと主張しやすくなります。
    でも、会社の名前を使ったり、お客さんを利用したりして得たお金なら、会社のものと見なされる可能性が高くなります。
  • 誰の名前を使っていたか?
    不正な取引で使われた請求書や領収書、契約書などが、会社名義か、従業員個人の名義か、というのも大事なポイントです。
  • 取引相手はどう思っていたか?
    税務調査では、取引の相手が、「この取引は会社としている」と思っていたのか、
    それとも「あくまで従業員個人とのやり取りだ」と認識していたのか、という点が結構重視されます。
  • お金は誰の口座に入ったか?
    不正で得たお金が、会社の口座に入っていたのか、従業員個人の口座に入っていたのか。
    これは、誰の儲けかを判断する上で、かなりハッキリした証拠になります。
  • そのお金を何に使ったか?
    従業員が不正に得たお金を、自分の遊びや借金の返済といった個人的なことに使っていたなら、
    それは従業員個人の儲けだった、と主張する材料の一つになります。

この「所得の持ち主」の問題(専門的には「実質所得者課税の原則」といいます)については、法律で細かく「こういう場合はこう!」と決まっているわけではありません。

ですから、税務調査では、こうした要素を一つひとつ丁寧に検討して、会社にとって有利な事実をきちんと伝えていくことが大切です。

被害者なのに利益を計上?「損害賠償請求権」という税金のルール

従業員にお金を横領されたりしたら、会社は当然、被害者です。でも、税金のルールでは、少し違う見方をします。

会社は、不正をした従業員に対して「損した分を返しなさい!」と請求できる権利(法律でいう損害賠償請求権)を持つ、と考えられるのです。

そして、ここがちょっとややこしいのですが、税務調査などで不正の事実(いつ、いくら不正したかなど)がハッキリした場合、

原則として、その不正があった年度にさかのぼって、「損害が発生した」という記録と、「損害賠償請求権(お金を返せという権利)が発生した」という記録を、同時に帳簿につけるよう求められます。

例えば、令和6年の税務調査で、令和4年中に従業員が架空の外注費を使って110万円(消費税10万円を含む)を自分のものにしていたことが分かったとしましょう。

【令和4年分の最初の申告のイメージ】 (経費として)外注費 100万円 / (会社のお金が)減った 110万円 (経費として)仮払消費税 10万円

【令和4年分の修正申告のイメージ】 (損害として)雑損失 110万円 / (経費から差し引く)外注費 100万円 (経費から差し引く)仮払消費税 10万円 (資産として)未収入金(損害賠償請求権) 110万円 / (利益として)雑収入 110万円

この修正申告をすると、どうなるかというと…

  • 不正があった令和4年度に、不正された金額が「雑損失」として計上され、同時に、元々経費にしていた外注費や消費税は取り消されます。
  • 同じ令和4年度に、従業員に対する同額の「損害賠償請求権」という“資産”が計上され、それに見合う形で「雑収入」という“利益”も計上されてしまうのです。
  • その結果、なんと会社の利益が増えてしまい、追加で法人税を払うことになるケースが多いのです。
  • さらに、元々払ったことになっていた消費税も認められなくなり、消費税も追加で払う必要が出てきます。

つまり、会社は被害者なのに、過去の帳簿を直した結果、なぜか税金が増えてしまう…という、なんとも納得しがたいことが起こり得るわけです。

ちなみに、この「損害賠償請求権」ですが、実際に従業員から全額回収するのは難しいことが多いです。

その場合、従業員に支払い能力がないとか、会社としてこれ以上は請求しないと決めた時点で、その回収できない金額を「貸倒損失」として経費にすることができます。

ただ、すぐに「貸倒損失」として認められるわけではなく、回収努力をした結果どうにもならない、という状況が必要なので、

税務調査の期間中にすぐ経費にできるケースは少ない、ということは覚えておいてください。

会社に重加算税!?そのリスクと判断の分かれ道

従業員の不正で会社が迷惑しているのに、その上「重加算税」という、いわば“罰金”のような税金まで取られてしまうことがあります。

重加算税は、納税者が税金の計算の元になる事実を「意図的に隠したり、事実と違うように見せかけたりして」税務署に申告書を出した場合に課される、非常に重いペナルティです。

ここでの一番のポイントは、「納税者である会社が」そうした隠したりごまかしたりする行為をした、と認められるかどうか、という点です。

つまり、従業員がやった不正が、イコール会社の不正だと見なされるかどうかが、重加算税がかかるかどうかの大きな分かれ道になります。

例えば、社長自身が不正をしていたなら、社長個人の儲けだけでなく、会社の税金も安くしようとした、と考えられるので、会社に重加算税がかかっても仕方ない、となるでしょう。

では、一般の従業員の場合はどうでしょうか? 従業員の目的は、あくまで「自分が個人的に得をすること」であって、会社の税金を安くしようとまでは考えていないはずです。

ですから、不正をした従業員の「会社の中での立場や権限」が、重加算税を判断する上で重要な要素になります。

一般的には、社長や役員、あるいは経理全体を任されているような重要な立場の人の不正は、会社の不正と見なされやすいですが、

そうでない一般の従業員の不正なら、すぐに会社の不正とはならない傾向があります。

【参考】実際の判断例から見る、重加算税の考え方のヒント

過去の国税不服審判所(税金のトラブルについて判断する機関です)の判断例(令和元年5月16日)で、

ある会社の元従業員が商品を横流ししてお金を自分のものにしていたケースがありました。

このケースで重加算税についてどう判断されたかというと、元従業員は「会社の経営に関わるような立場ではなかった」

「経理の責任者でもなかった」といった点が考慮されて、会社に対する重加算税は取り消しになりました。

ただし、これはあくまで一つの例です。「一般の従業員だから絶対大丈夫」というわけではないので、注意が必要です。

「一般社員だから安心」とは限らない!もう一つのチェックポイント

不正をした従業員が役員や経理の責任者でなくても、重加算税が課される可能性があるのは、「会社側の管理体制に問題があった」と見なされる場合です。

具体的には、

  • 不正をした従業員が、お金の管理や契約など、会社の重要な仕事を任されていた場合。
  • 会社が従業員の仕事ぶりをきちんと見ておらず、不正に気づけるはずなのに放置していた、あるいは社内のチェック体制が甘すぎたと判断される場合。

こういった場合は、従業員の不正が会社の不正と同じように見なされたり、会社が不正に関わっていなくても、

監督不行き届きの責任が重いと判断されたりして、結果的に重加算税が課されるリスクが高まります。

最近の判断例(令和6年1月10日)でも、不正をした従業員はそれほど高い地位ではなかったものの、

会社側の管理・監督体制が不十分だった、という理由で、会社に重加算税が課されるのが妥当だと判断されたケースがあります。

ですから、税務調査では、会社として不正が起きないようにどんな対策をしていたか、不正が見つかった時にどう対応したかを具体的に説明し、理解を求めることが大切になってきます。

まとめ:従業員不正と税務調査。カギは「冷静な事実確認」と「早めの専門家相談」

税務調査で従業員の不正が分かった場合、会社にとっては本当に大変な事態です。

この記事でお話しした「所得の持ち主は誰か」「損害賠償請求権をどう帳簿につけるか」「重加算税のリスク」といったポイントは、それぞれが関連し合っていて、全体を理解して対応する必要があります。

税務署から何か言われたら、まずは落ち着いて、何が事実なのかをしっかり確認し、法律のルールも踏まえながら、会社の言い分をきちんと伝えていくことが重要です。

ただ、これらの判断はとても専門的で、ケースバイケースの対応が求められます。

ですから、従業員の不正という問題に直面したら、できるだけ早く、税務に詳しい専門家(税理士など)に相談することをおすすめします。

専門家は、社長や会社の状況を詳しく伺った上で、どうするのが一番良いか、一緒に考え、サポートしてくれます。

この記事が、万が一の時の心構えとして、また、普段の会社経営を見直すきっかけとして、少しでもお役に立てれば嬉しいです。

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